【絹恵SS】洋榎「赤ん坊はコウノトリさんが連れてきてくれはるんや」

1 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2013/04/16(火) 00:21:26.51 ID:URaZaETp0

洋榎「絹恵との子、まだ来えへんなあ」

絹恵「お姉ちゃん…」

お姉ちゃんは最近毎晩、窓を開けて外を見ながらこんな事ばかりつぶやいてる。
私はいつも、なんて声をかけていいかわからなくなる。

絹恵「今日はもう遅いから、コウノトリも寝てんのちゃう?」

洋榎「そうかなあ?」

絹恵「一時やで、もう」

洋榎「うーん…、今日も来んかったか」

絹恵「もう寝よう、お姉ちゃん」

洋榎「…しゃーないな。おやすみ、絹」

絹恵「おやすみお姉ちゃん」

2 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2013/04/16(火) 00:22:55.95 ID:URaZaETp0

十年前。

私とお姉ちゃんは、お母さんにこんな質問をした。

洋榎「赤ちゃんってどうやって生まれるん?」

雅枝「…赤ちゃんはな、コウノトリさんが持ってきてくれはるのよ」

洋榎「私も、コウノトリさんに持ってきてもろたん?」

絹恵「私もー?」

雅枝「そうやで。こんなに素敵な子をどうもありがとうって、コウノトリさんにお礼したんや」

ここで終わっていれば、普通の親子の微笑ましい会話だったんだけど。

洋榎「ほな、ウチと絹の子どもはいつ持ってきてくれはるん?」

あの時のお姉ちゃんの真剣な目と、お母さんの困惑した顔は忘れられない。

雅枝「そうやねえ、あと十年くらい待たなあかんわ」

この返答をしたお母さんの優しさを真に理解するまでに、何年かの時間が必要だった。
そして、お姉ちゃんの天才が真に発現するには、ぴったり十年間必要だった。

3 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2013/04/16(火) 00:24:16.24 ID:URaZaETp0

絹恵「で、どうしたらええと思う?」

漫「いや…、まあ、そのまま進展させてはいかがでしょう」

絹恵「そういう話ちゃうねん」

漫「じゃあどういう話やの?」

絹恵「だから…」

漫「それ主将なりの誘い方なんやない?」

絹恵「いや、あれは違うと思う」

漫「じゃあ何なん?」

絹恵「本当に待ってはんねん、コウノトリを」

4 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2013/04/16(火) 00:25:06.41 ID:URaZaETp0

漫「……」

絹恵「なんかな、毎晩見てて何とも言われへん気分になる」

漫「……ごめん、聞けば聞くほどレズにしか」

絹恵「せやからレズちゃうって!」

漫「いや、わかってんねんで、でもな」

絹恵「インセストでもない!」

漫「そこまで言うてないわ!」

絹恵「あっ…、えへへ」

漫「…お前ホンマに悩んでんの?」

絹恵「悩んでるよ~、せやからガチレズの漫ちゃんに相談してんねや」

5 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2013/04/16(火) 00:25:42.42 ID:URaZaETp0

漫「ガチレズ言うな。まだ処女じゃ」

絹恵「まだって~! え~、まだって~! うふふふ~」

漫「チッ」

絹恵「なあなあ、末原先輩の家行ったん? なあ?」

漫「お前の話はどうしたんや」

絹恵「後でええよ~、なあ、行ったんやろ? 由子先輩から聞いたで」

漫「…行ったよ」

絹恵「ほら行ったんやん、どやった?」

7 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2013/04/16(火) 00:26:40.62 ID:URaZaETp0

漫「別に何もないよ」

絹恵「え~」

漫「勉強教えてもらって、その後夕食ごちそうになって帰ってきただけ」

絹恵「ホンマに~?」

漫「ホンマや」

絹恵「え~、そんなはずないって~」

漫「…」

絹恵「由子先輩情報がまだあってな…」

漫「もういいわかった話す」

絹恵「反応はやっ」

9 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2013/04/16(火) 00:28:28.76 ID:URaZaETp0

漫「…あんな、部屋入って、勉強してて」

絹恵「うん」

漫「ちょっと一段落してな、先輩が飲み物持ってくるわーって台所に行かはってん」

絹恵「うん」

漫「で、ちょっと暇んなって、ふと本棚見るとな、
普通の本と本の間に、ノートみたいなのが挟まってるなーって思って」

絹恵「…うん」

漫「…まあ見るやん、中身」

絹恵「うん」

10 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2013/04/16(火) 00:29:41.46 ID:URaZaETp0

漫「見つけてしもたか中二病ノート、って思ったけど、なんか牌譜が書いてあって」

絹恵「へー」

漫「上の方に『第二回戦牌譜』とか書いてあって」

絹恵「うんうん」

漫「あーなんやこれ全国大会かなんかの牌譜かて思ったんやけど、手書きやねん鉛筆で」

絹恵「えー」

漫「他にも色々おかしかってん」

絹恵「どこが?」

11 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2013/04/16(火) 00:31:02.50 ID:URaZaETp0

漫「『第二回戦牌譜』の下にな、『薩摩 vs. 長州 vs. 幕府 vs. 朝廷』ってあって」

絹恵「へ?」

漫「選手の名前もおかしいねん、『坂本龍馬』とか『西郷隆盛』とか」

絹恵「えー」

漫「よくみると牌譜自体もありえへんねん、さらっと見ただけでも一局に北が六枚ぐらい切れてたり、
坂本龍馬が井伊直弼にハネ満直撃してたり」

絹恵「あっはっはっは」

漫「あのノートの中では幕末の世が完全に麻雀に左右されとったわ」

絹恵「わー、ありえへーん」

漫「よく見ると本棚も幕末系多くて、でもここまでは普通せえへんやろって」

絹恵「多分日本で末原先輩だけやわ」

漫「うっかり読み込んでたら、末原先輩が帰ってきて…」

絹恵「うわー」

12 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2013/04/16(火) 00:32:15.37 ID:URaZaETp0

漫「はぁ…」

絹恵「え、何?」

漫「あの時の、真っ赤になった先輩の顔かわいかったなあって」

絹恵「ガチレズ」

漫「そのノートな、先輩が小二ぐらいのときに書かはったんやって」

絹恵「へー、よく『坂本龍馬』とか小学生が書けたなあ」

漫「うん、でも一生懸命書いてあったわ。その頃から賢かったんやなあ…………」

絹恵「…で、結局どうなったん? 怒られたん?」

漫「え~? あんな~、そんでな~」

絹恵「あ、やっぱええわ」

14 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2013/04/16(火) 00:33:19.98 ID:URaZaETp0

漫「先輩な、私から慌ててノート奪いとって、苦笑しながら」

絹恵「……」

漫「『誰にも言わんといてや』…って」

絹恵「……」

漫「先輩のあんな笑顔見たの、世界で私だけちゃうかな?」

絹恵「……」

漫「あっ、今日の話も、誰にも言わんといてや!」

絹恵「うん、善野監督の病気は漫ちゃんが毒盛ったせいや、ってみんなに言いふらすわ」

漫「盛ってへんし! ていうかそんな事言いふらされたら私死ぬ」

漫ちゃんに相談したけど何も解決しなかった。
漫ちゃんと話しているといつのまにか漫ちゃんの話になってしまう。

16 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2013/04/16(火) 00:34:37.05 ID:URaZaETp0

お姉ちゃんは今日も、窓の外を見ながらコウノトリを待ってる。
ポテトチップスを食べながら、夜の風に吹かれている。

洋榎「絹ー」

絹恵「何?」

洋榎「このポテチ、からあげ味らしいねんけどどう思う?」

絹恵「ちょうだい」

私はポテトチップスを一枚貰って食べる。

洋榎「どの辺がからあげやねんって思わん?」

絹恵「確かにそうやなあ。おいしいけどからあげかって言われたら微妙」

洋榎「せやろ? 詐欺やんこんなん」

そう言いながらまたお姉ちゃんはポテトチップスを口に運ぶ。

17 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2013/04/16(火) 00:35:49.38 ID:URaZaETp0

絹恵「…なあ、コウノトリさん待ってんのにからあげ味食べててええの」

洋榎「別にええんや。逆に匂いが目印になるかもしれん」

絹恵「そうかなあ?」

洋榎「そうや」

そして、お姉ちゃんは少し溜めて、しみじみとこう言った。

洋榎「コウノトリのからあげって、おいしいかな」

私は少しうろたえた。食べるつもりなのか。子どもを持ってきてくれた鳥を。

絹恵「…どうやろね。聞いたこと無いけど」

18 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2013/04/16(火) 00:36:45.22 ID:URaZaETp0

洋榎「まあ、鳥絞めるとか無理やけどな」

絹恵「うん、そうやね」

洋榎「…まあでも、めっちゃ死ぬほどおいしいとかやったら、頑張ってもええけどな」

いいのか。

絹恵「うーん。もしかしたらあんまりにも美味しくて、
コウノトリってもう全部からあげになってしもたんちゃう?」

洋榎「その可能性は、あるな」

お姉ちゃんは真剣な顔をしたまま言った。

19 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2013/04/16(火) 00:37:53.50 ID:URaZaETp0

流れ星が見えた。
流れ星を見たのって、もしかしたら初めてかも知れない、と思った。

でも、それを口にだすのは憚られた。
お姉ちゃんは夜空のずっとずっと向こうにいるコウノトリしか見ていなかったからだ。

そろそろお風呂に入らなければと思った。お風呂はもう二時間前に湧いていた。
私は立ち上がって、お姉ちゃんの部屋を出ようとしたけど、
それでもお姉ちゃんは窓の外ばかり見ていた。

軽いいたずらのつもりで、私はお姉ちゃんの部屋で服を脱いだ。
お姉ちゃんの背中を見ながら、一枚一枚服を脱いでいった。
下着まで全て脱いでしまっても、お姉ちゃんは私に気づかなかった。

声をかけようかと思ったけど、窓から入ってくる風が冷たかったので、
私は裸のまま、服を持ってあわててバスルームに行った。
お母さんに見られて何か言われたら嫌だと思ったけど、お母さんは居間でテレビを見ていた。

21 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2013/04/16(火) 00:39:42.43 ID:URaZaETp0

お風呂に入って髪と体を洗いながら、湯船に浸かりながら、
本当に私たちのところにコウノトリが来ればいいのにと思った。
本当にコウノトリだけがお姉ちゃんをあの窓辺から解放できるのなら。

23 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2013/04/16(火) 00:40:56.77 ID:URaZaETp0

パジャマに着替えて、髪の毛にバスタオルを巻いて、私はお姉ちゃんの部屋に戻った。
お姉ちゃんはやっぱりまだコウノトリを待っていた。

絹恵「お風呂、先に入ったで」

洋榎「おう」

絹恵「なあ、お姉ちゃん」

洋榎「なんや」

絹恵「……コウノトリが子どもを運んでくるわけないやん」

24 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2013/04/16(火) 00:42:27.33 ID:URaZaETp0

お姉ちゃんは振り向いて、私の目を見た。

洋榎「…絹は、ウチとの子供欲しくないん?」

絹恵「えっ」

洋榎「別に欲しないなら、別にええよ。こんなこともやめるし」

絹恵「無駄やって分かってるんなら、何でこんなこと」

洋榎「絹、絹の気持ち、聞かせて」

お姉ちゃんの口調は、私がお姉ちゃんから聞いたことのないような、ゆっくりとしたものだった。
私は、お姉ちゃんといつでも一緒にいた頃を思い出していた。

絹恵「…欲しいよ、お姉ちゃんとの子ども」

25 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2013/04/16(火) 00:43:43.45 ID:URaZaETp0

洋榎「そうやろな、と思ってたわ」

絹恵「何なん?」

洋榎「絹、こっち来て」

私はお姉ちゃんと一緒に、また窓辺に座って、夜空を見た。

洋榎「色々考えたんやけど、こうやって夜空を眺めてコウノトリを待つんがな、
ウチらが子どもを作る最良の方法やと思うねん」

絹恵「マジで言うてんの、それ」

洋榎「マジやで」

お姉ちゃんは壊れてしまったのだと思った。
しかし、お姉ちゃんなので壊れたままにしておくわけにはいかない。

絹恵「あんな、お姉ちゃん。今iPS細胞っていうんがあってな」

27 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2013/04/16(火) 00:44:48.82 ID:URaZaETp0

洋榎「それさ、いつ使えるようになるん?」

絹恵「えっ、それは…、今いろんな人が頑張ってはるし、
いつかはできるようになるんちゃう?」

洋榎「いつかっていうのはいつや?」

絹恵「そんなん…」

洋榎「そんないつになるか分からへんもんを、絹は待てる?」

絹恵「そらそやけども……そんなんコウノトリやって同じやんか」

洋榎「いや、来るよ。だって、オカンのところには2回も来たんやし」

そう言うとお姉ちゃんはニヤッと笑った。

28 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2013/04/16(火) 00:45:49.62 ID:URaZaETp0

翌朝、お姉ちゃんは風邪を引いて学校を休み、それ以来窓辺でコウノトリを待つのをやめた。

絹恵「子どもはもうええの?」

洋榎「まだ諦めてへんよ、iPSにどれだけ国家予算つぎ込まれたと思うてんねん」

絹恵「今度はiPSかいな」

洋榎「違うで、iPS、そしてコウノトリの両面待ちや!」

絹恵「それホンマに待ってるだけやんけ」

洋榎「人生は麻雀やからな、待ちはなるべく良くせなあかん」

絹恵「別にええけど、実際風邪引いてからコウノトリ待ってへんやんけお姉ちゃん」

洋榎「待っとるわコウノトリ。あの、空き時間とかに」

29 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2013/04/16(火) 00:46:33.35 ID:URaZaETp0

はい終わりです
楽しんでいただけたら幸いです

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