【咲-Saki-】憧「バカじゃないの」セーラ「バカですよ、うん」SS

1 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2013/03/03(日) 14:56:42.84 ID:hb+Ku/uao

憧「私のこと抱いてよ」セーラ「は?」
セーラ「キス…する?」憧「ううん、しない」
この2つの続きです
結構長くなってしまってVIPだと時間かかって仕方ないんで
こちらであげさせてもらいます

だらだらと長いですがそれでもよろしければどうぞ

2 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2013/03/03(日) 14:57:52.23 ID:hb+Ku/uao

朝、外の明るさに薄っすらと目を開けた。
ふと隣を見ると、そこにはスヤスヤと眠る憧の寝顔。

セーラ「…アホ」

小さな声で、そんなことを言ってみた。
当然、「どこがよ!」なんて言葉は返ってこない。
憧はまだ、夢の中にいる。

朝日の差し込む部屋で昨夜よりはっきりと見える憧の顔。

じっと見ていると、昨夜のことを思い出す。

憧はゆっくりと時間をかけて、自分の気持ち話してくれた。
穏乃ちゃんへの気持ちはそれはもうすごく真っ直ぐやった。
でも、それは叶わない恋で、憧はすごく辛そうで。

俺との関係で少しは晴れたけど、
だけど今は、また違う悩みを抱えているらしい。
それについては具体的なことは何も教えてくれへんかった。

せめぎ合い、とか言ってたな。
何かと何かがせめぎ合っていて、そのことが憧を苦しめている。

3 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2013/03/03(日) 14:58:54.15 ID:hb+Ku/uao

なんとかしてやりたい。
そやけど、俺との関係でもそれは晴れないらしい。
それでは俺の気も晴れない…。

でも憧は、それでもこの関係は必要やと言うた。
この関係を続ける意味はある、と憧は言う。

ならば、それに応えてやるしかない。
いつだって、俺は憧の求めに素直に応じる。

けど、でも。

ふと思うのは、憧が言った
「自分ばっか与えてると思わないで」ってやつ。

俺は憧に求められれば応えていた。
いつも、何かを与えるのは自分だと思っていた。
実際、憧が俺に何かしてくれたとかそういうことはほとんどない。

でも憧は、

自分も、俺に何かしらを与えているはずなのに、
セーラがそうは感じてくれていないのが寂しい。

憧はそう言っていた。

4 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2013/03/03(日) 14:59:23.77 ID:hb+Ku/uao

俺はどう返せばいいのかわからへんかった。
だってそんなこと考えたこともなかったから。
けど、今は確かに思うことがある。

憧は確かに俺に与えてくれていることがある。
それは、この安堵感。

憧といるといつも気持ちが落ち着く。
言い合いになってしまうことも少なくないけど
なんか、それすらも心地いい。

それは間違いなく、憧が俺に与えてくれているもので。
俺はそのことに気付きもしなかったんや。
憧に言われなきゃ、きっと気付けていなかった。

だからこそ、この関係はこんなに続いたんや。
今なら、そう思える。

5 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2013/03/03(日) 15:00:12.24 ID:hb+Ku/uao

それから…ベッドの中に入ってからの出来事。

今でもすぐに思い出すことが出来る。

「好きだよ」と言った憧。
きっとからかわれたんや、そうに違いない、と思えば思うほど
そうじゃないような気がしてくる不思議な感覚。

そっと自分の鼻先に触れてしまう。
憧の唇が触れた場所。

鼻先に触れながら夢の中の憧を見つめる。
少し首が動いて、白い首筋がくっきりと見えた。

セーラ「……っ//」

思わず目をそらしてしまった。
きっと、頬が赤い。熱い。

なんで、なんで照れてしまうんや…。
恥ずかしいことなんて今まで散々したやろ。

そ、それに憧が好きなんは穏乃ちゃんやろ。
あんなに大好きな人やねんから…
麻雀に向き合えなくなるくらい真っ直ぐな思いを抱いてるんやし…。

も、もし仮にからかってなかったとして
その場合の「好き」は友達とかそういう意味や…そうに決まってる。
そんなことを考えていたら、パチリと憧の目が開いた。

6 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2013/03/03(日) 15:00:54.78 ID:hb+Ku/uao

憧「…んっ」

セーラ「おはよ、憧」

憧「おはよ…今何時?」

寝起きの掠れた声がなんだか色っぽい。
なんて、俺はどうかしてる?

セーラ「8時くらいやな」

憧「そっかぁ…」

セーラ「両親が12時までには帰ってくるし、起きよか」

憧「うん…でも眠い」

セーラ「寝ぼけた顔して、このっ」

頬を人差し指で突く。ぷにっと柔らかい感触。

憧「いーたーい」

文句言いながら、憧はゆっくりと身体を起こす。
寝ぼけた顔が可愛らしい。

…そう、憧はやっぱり可愛いんや。

7 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2013/03/03(日) 15:01:34.08 ID:hb+Ku/uao

憧「朝ごはん作る?」

セーラ「あー、パン買ってあるしそれでいい?」

憧「ん、…なんでもいいよ」

セーラ「ほな、1階いこ」

憧と普通に話せている。よかった。
動揺せずに済んでいる。よかった。

昨日のことなんか、意識せずにいられている。
もちろん、事の真意を聞きたい。でも、今はそのときじゃない。
なんだか探り合いみたいやけど、それでいい。今はそれでいいんや。

…待てよ。何か、おかしい。

なんで、何で俺は意識する?動揺する?
それをせずに済んで何でなんでよかった思うん?
何で憧の顔見ると照れる?恥ずかしい?なんで?

…なんで、なんでや。

8 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2013/03/03(日) 15:02:37.98 ID:hb+Ku/uao

俺は…俺は、憧のこと……

どう思ってる?

可愛い、そう、すごく可愛くて
俺に安堵感を与えてくれている憧を…

どう思ってる?

いや、そやけど、

そんなんからかわれてるだけって思ってる
でも、真剣やったら?
憧が真剣に俺を好きやったら…?

昨日のあれが本気やったら?

俺は、憧のこと…どう思ってる?
「セーラのことが好き」って言われたらなんて、答える?

そんな、そんなこと…考えたことないし…
だいたいありえへんやろ…。

でも、もし…。

9 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2013/03/03(日) 15:03:36.75 ID:hb+Ku/uao

憧「セーラ?1階に下りるんじゃないの?」

セーラ「え?あぁ、うん」

憧「ボーっとしてたよ、寝ぼけてんのはどっちだっつーの」

セーラ「あはは、すまん」

笑って誤魔化して、部屋を出る。
憧が階段を下りていくのを見ながら、自分も降りていく。

憧のさらさらの髪、寝癖のついた少し跳ねた髪。
可愛らしい横顔。

その全てが、俺の心を捉えている。目が離せない。
こんなことは、初めて。

じゃあ、そのワケは…?

10 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2013/03/03(日) 15:04:22.23 ID:hb+Ku/uao

1階に下りて、ダイニングのイスに座って朝ごはん。

くわえたパンの味もよくわからない。
憧が入れてくれたカップスープの味だって。

それほど、俺は考え事の夢中で。
でも憧だってそんな俺を気にする風でもなく、
パンをかじりながら新聞なんかを読んでいた。

静かな、朝の食卓。

…憧が俺を好きやったら、なんて。
なんてな、そんなことはきっと重要じゃないんや。

一番重要なんは、俺の気持ちで。
憧が俺をどう思っているとか、憧の気持ちの応える?とか
そんな問いは、今はどうだってええんや。

そんなこと、「好き」と言われてから考えればいい。
昨日実際に言われたけど、でもあれは本気か冗談かはっきりせん。

なら、本気だとはっきりわかるようにそう言われたときに考えればいい。

11 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2013/03/03(日) 15:05:52.70 ID:hb+Ku/uao

俺はいつも、憧に対しては受け身やった。
望まれればそれを叶える。いつもそんな姿勢やった。

憧を助けたい、なんとか立ち直って欲しい、という気持ちで。

そやから、憧が言ってきたときのことばかり考えてしまう。
憧が言ったらどうする?なんてそんなことばかり。

でも、自分がどうしたいか。どう思っているのか。
一番大事なのはそれで。

そのことを忘れていた、いや、そのことを考えもしなかった。
いつも、いつも、受け身でいたせいか。

与えられるだけの関係は寂しいと嘆く憧。
それを理解し、自分も与えられていたのだと今さら気付いた俺。

求められるから叶えてきたかもしれへん。
でも、自分の意思だってあった。

みんなの願いを叶えてきたわけじゃない。
俺が叶えてきたのはいつだって、憧の望みだけ。

それは、自分の意思。
間違いなく、自分の意思で。

12 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2013/03/03(日) 15:06:26.34 ID:hb+Ku/uao

どうしてそんなことを?どうして?
どうして、いつも憧だけ?

じゃあ、今、抱いているこの感情は何なのか。
一番大切な、自分の気持ちはどこへ向いているのか。
自分はどうしたいのか、憧をどう思っているのか。

俺が憧に与えてきたものは、きっと憧にしかわからない。
でも、俺が憧に与えられたものはわかる。

安堵感、安心感、そして…この、高揚感。
この気持ちの正体は……。
…そんなん、…そんなん、あれに決まって…。
15 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2013/03/03(日) 15:08:58.62 ID:hb+Ku/uao

自分の中で一つの考えが、気持ちが、想いが固まりかけたその時、
憧はパタンと新聞をたたんでテーブルに置いた。

パタンという音に思考は中断させられて、
ため息をついた憧に声をかける。

憧「はぁ」

セーラ「なんや、ため息なんてついて。悪いニュースでも載ってた?」

憧「ううん、そんなんじゃないよ」

憧はいい終えて、残りのパンをパクっと口に入れた。
薄い唇がもぐもぐと動く。

セーラ「そうか」

憧「あのさ、」

セーラ「ん?」

憧「あたしさ、別に新聞なんて読んでなかったんだ」

セーラ「は?」

16 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2013/03/03(日) 15:09:24.56 ID:hb+Ku/uao

憧「考え事、してた。セーラもしてたよね」

セーラ「考え事?」

憧「そう。何考えてるかはわかんないけど」

セーラ「わかったらテレパシーやん」

憧「だね」

セーラ「読むフリしてたん?」

憧「うん、そうなの。今から言うことを言うべきかどうか考えてた」

セーラ「そうか」

憧「セーラは?何考えてた?」

セーラ「自分自身と向き合ってた、かな」

憧「ふふ、似合わないね、それ」

クスクスと笑う憧。

17 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2013/03/03(日) 15:10:09.09 ID:hb+Ku/uao

憧「でね、新聞を閉じたのは結論が出たからなの」

セーラ「どっちや?」

憧「言う、って決めた」

セーラ「…うん」

憧「きっとさ、もっと早く言うべきだったのかもしれないなって思う」

セーラ「またお前は抽象的な話か?」

ちょっと呆れたような声が出ると憧は苦笑いをした。

憧「ううん、具体的なことはちゃんと言うから」

セーラ「よし、わかった」

憧「うん、でね…自分じゃ言い出せなかったんだ。セーラが言うのを待ってた」

セーラ「俺が?」

憧「そう。セーラが先に言ってくれるかなって思ってた」

セーラ「何を?」

18 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2013/03/03(日) 15:10:39.71 ID:hb+Ku/uao

憧「あ、もちろん自分もこのままじゃいけないってわかってたんだよ」

セーラ「お、おぉ」

答えが見えそうになると、隠されてしまうような…。

俺が言うのを待っていた、でも、憧はそれを口にしようとしてる。
それは何や?…もしかして。

淡い期待がほのかに胸を熱くする。

憧「いつまでもこのままじゃいけないって。
セーラに迷惑かけてばっかりだし」

セーラ「アホ。昨日言うたやろ、迷惑やなんて、」

憧「思ったことはない、でしょ?」

セーラ「そーや」

憧「でもね、セーラがそう思っていなくても、…」

セーラ「憧、そろそろはっきり言えって」

気が短すぎるか?でも、ごめん、
だってもう、憧の言葉を待つほどの余裕がない。

19 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2013/03/03(日) 15:11:30.71 ID:hb+Ku/uao

憧「…わかった、じゃあ言うね」

セーラ「うん」
憧「もう、会うのはやめよう」
セーラ「え?」

え?と口にしたつもりやったけど、でも、声が出てたか自信がない。
言われた瞬間、頭の中が真っ白になった。

憧は何を言った?今、なんて?

胸を熱くした淡い期待はパチンと弾け飛び、
どこにあるのかすらわからない。

動揺している。でも、それを憧には悟られたくない。

20 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2013/03/03(日) 15:12:07.24 ID:hb+Ku/uao

憧「いつまでもこんなこと続けていられないと思うんだ」

セーラ「待ってや、それでええの?」

あくまで冷静で。いつもの俺を装う。取り繕うように、
憧の願いを、望みを叶えてあげる、優しい先輩を気取る。

憧「うん。昨日、いろいろ話をしてさ、思ったの。
あぁ、ここらが潮時なのかなって」

憧は俺を見ているはずやのに、
目線はずっと先を見ているように見える。
それがすごく、怖い。

憧「正直に話したらスッキリしちゃってさ。
誰かに話すとこんなに楽な気持ちになるんだね」

セーラ「うん、吐き出す意味はあったか」

度量の大きい人ぶって、上から目線。

21 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2013/03/03(日) 15:12:47.17 ID:hb+Ku/uao

憧「あったよ、ありがとね。なんかさ、
一人でウジウジしてたのがバカみたいなんだもん」

セーラ「そうか、ほんまよかったな」

ホントとは言いたいことがあるはずや。
今言わないでいつ言うんや。

さっき気付いた、自分の本当の気持ち。

憧は俺から離れていこうとしてる。
…ほら、言えって俺。

なのに、なのに、どうしても、…言えない。

憧「でもね、昨日話したこう、せめぎ合い?みたいなのはさ
もちろん消えないし、だけど、」

セーラ「俺と一緒じゃせめぎ合いも、今の悩みも晴れないから?」

憧「え?」

セーラ「俺と一緒にいたって何の気晴らしにもならへんから?」

憧「バカ、違う。変なこと言わないでよ」

セーラ「でも、お前が言うてるのはそういうことやんか」

自分の気持ちは言えないくせに、嫌味ったらしいことは言える。
自分の動揺を悟られたくないくせに、突っかかることはできる。

思っていることと、やっていることがちぐはぐでおかしい。

22 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2013/03/03(日) 15:13:23.13 ID:hb+Ku/uao

憧「違うよ、全然違う。昨日も言ったけど、セーラは必要だよ。
セーラに会うこと自体はちゃんと意味があることだよ」

憧「だけど、だけどね、気付いたんだよ」

セーラ「…何に?」

憧「悩んでもさ、苦しんでもさ、どんなに辛くてもさ、
結局あたしは麻雀が大好きで、ずっと続けていきたいんだよ」

セーラ「うん」

憧「だからね、悩みも苦しさも辛さも
自分で乗り越えなきゃいけないんだよ」

憧「昨日話をして、起きて考えて、そう思ったんだよ。
なら…いくらセーラのことが必要でも意味があっても、」

憧「一緒にいて、セーラの優しさに甘えてばかりいたら
頼ってばかりいたらあたしは自分の力で乗り越えられなくなる」

憧の気持ちがヒシヒシと伝わってくる。
もはや、言う言葉などあるまい。なんて、そんな気持ちにさせられる。

23 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2013/03/03(日) 15:14:22.46 ID:hb+Ku/uao

憧「自分の力で立てなくなって、セーラにもたれかかりきりになる。
そんなの絶対ダメ、自分でちゃんと消化したいんだよ」

セーラ「…お前やったら、できるよ」

搾り出した声は少し小さかったけど、誤魔化すように髪を撫でた。
くしゃくしゃっと強めにやると、

憧「もう…」

呆れたような、でも少し嬉しそうな声で憧は俯いた。
照れたように見えたのは、気のせいか。

少しの間が空いて、憧は顔を上げてから真剣な顔した。

憧「ゆっくりさ、立ち止まりながらでもいいから
先に、先に進みたいって思うよ…だから、あたしたちはもう会わない」

憧「頼ってばっかり、甘えてばっかりでごめんね。でも、今日でおしまい」

セーラ「あぁ、…わかった」

憧の宣言が胸に響く。
あぁ、終わりか。
と思って数ヶ月前のことがすっと頭を掠める。

ホントの気持ちは、そっとこの胸に収めた。
言うべきじゃない。そう、思った。

24 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2013/03/03(日) 15:15:07.16 ID:hb+Ku/uao

憧「セーラ、さよなら。今までありがとね、感謝でいっぱい」

憧はそう言って、家を出て行った。
きっと、二人で会うことはもうない。

お互いが麻雀を続けていれば姿を見ることは考えられる。
でも、二人で抱きしめあって、キスをすることはない。

憧には好きな人がいて、それが叶わなくても
憧は自分で苦難を乗り越える決意をした。

そんな憧が俺に頼ることはもうないやろうし、それでいい。

憧の強い意志を尊重したい。
憧が言うようにこんな不安定な関係、ずっと続くはずはなかった。

潮時、か。
全くその通りなのかも知れへんな。

でも、でも、…俺は先に進むのが怖い。
ずっとこのままだってよかった。

お互いの秘密も気持ちも全部隠したままで、
立ち止まったまま、何も考えずに求め合ってもよかった。

セーラ「…なんて、もう遅いか」

誰もいない家の中、独り言はやけに響いてしまう。

25 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2013/03/03(日) 15:15:53.44 ID:hb+Ku/uao

引き止めればよかったのか。
まだこの関係を止めたくないって?そんなのおかしいよな。

だって、やっぱりこの関係は憧が求めて初めて成立する。
だから求められなくなったらそれは解消する。
そんなの、ちょっと考えれば分かること。

憧は俺の気持ちなんか知るはずもないし、
自分が一人で立つ決心をしたのなら、
支えにもたれ掛かるのを止める。それは当たり前のこと。

だから、引き止めるなんておかしい。
俺から言い出していいことじゃない。
素直に、頑張れよと応援してやればいいだけのこと。

なのに、どうして涙が溢れてくるんやろう?
どうして情けない声をあげて泣いているんやろう?
どうして「憧っ」なんて名前を呼んでしまうんやろう?

26 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2013/03/03(日) 15:16:27.60 ID:hb+Ku/uao

どうして?

それは、それはやっぱり…
俺が、あいつを好きになったから。
終わりの日に、好きになった。
いや、気付いたとでも言うべきか。

だけど、もう、何もかも遅い。

27 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2013/03/03(日) 15:18:01.33 ID:hb+Ku/uao

1ヵ月後
千里山女子、麻雀部
怜「おっ、セーラはまたラスか」

セーラ「ほっとけ」

竜華「いやいやそういうわけにもいかへんで」

浩子「そうですよ、先輩、卒業したらプロですよ?」

怜「そうやで、セーラが一番強いはずやのに」

セーラ「…ん、まあ…うん」

竜華「覇気がないなぁ」

浩子「なんかありました?それともプロ行き後悔してます?」

セーラ「いや…うん、いや」

怜「セーラ、うちでよかったら聞くよ?」

竜華「そうや、友達やん」

セーラ「うん…いや、ええわ」

そう言ってイスから立ち上がり、窓辺へ向かう。
外はスカッと晴れてる。でも、寒い。
部屋の中は暖房が効いてるからええけど。

28 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2013/03/03(日) 15:18:38.35 ID:hb+Ku/uao

あーあ、またラスやったなぁ。
最近全然勝てへん。ていうか集中できひん。

ついつい余計なことばっかり考えてしまって
どうでもいいところで振り込んだり、有効牌をうっかり捨ててしもたり。

そんで、憧が言っていたことを思い出す。

集中できなくて、牌を見たくなくなったと言っていた。
全然勝てなくなってしまったって。

今まさに俺はそんな状態やった。

今なら憧の気持ちがよくわかる。
あぁ、こんなに辛かったのかと思う。

誰かに寄りかかって優しさに縋り甘えようとするのもわかる。

だからこそ、自分の足でちゃんと立とうとした憧をすごいと思う。
頼れる支えがあったのに、自分の力でそこを離れた。

今の俺にそんな強さはない。
ただうな垂れて、どうすればいい?と悩むだけ。

29 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2013/03/03(日) 15:19:16.15 ID:hb+Ku/uao

船Qが言うように、俺は卒業後プロへ進むことが決まっていた。
なのに、この有様。

1年生相手にだって、今なら負ける。
これではプロで通用するはずがない。絶対無理。
そうは思っても、麻雀だけに集中できない。

正直、どうすればええか全くわからへん。

俺には「どんなことでもするから、元気を出せ」
と言ってくれる人もいないし。
まあ、いたところで「抱いてくれ」なんて言わへんけど。

それで結局、この胸のモヤモヤは、この胸に秘めた気持ちは
いつか、時間が解決してくれるやろうと思うことにしていた。

何の解決にもならへんと思いながらも、
そう思うしか、そう思い込むしか他にできることはなかった。

そんなとき、監督が俺を呼び出した。
きっと怒られるんだろうと覚悟して、
部室の隣にある監督室のドアのノックした。

30 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2013/03/03(日) 15:19:56.79 ID:hb+Ku/uao

雅枝「はーい」

セーラ「江口です」

雅枝「開いてるでー」

その声を聞いてドアを開けると、
中には書類を片手にしながらコーヒーを飲む監督がいた。

雅枝「よし、セーラ、ここは単刀直入に言うで」

表情はいたって普通…か。

セーラ「はい、お願いします」

入り口に突っ立ったままの俺に、デスクから立ち上がった監督は
ツカツカと近づいてきて目の前に立った。

背の高い監督見上げる。

雅枝「このままの状態が続くんやったらプロ行きは辞退してもらうで」

セーラ「…はい」

怒られるとは思っていた。
でも、事態はそれ以上に深刻みたいやった。

31 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2013/03/03(日) 15:20:24.69 ID:hb+Ku/uao

雅枝「今、お前がいるのはどこや?」

監督の声は決してきついくない。
怒ってるか怒ってないかって言えば怒ってない。
いつもよりちょっと低い声な気はするけど。

でもそれが、余計に怖い。

セーラ「…千里山女子の麻雀部です」

少しだけ迷って、そう答えた。

雅枝「うん、そうや。全国制覇最多を誇り、数多のプロを輩出してきた
全国屈指の名門、それも名門中の名門や」

セーラ「はい」

雅枝「はっきり言うで、名門に、母校に泥塗るようなマネするんやったら
プロなんかはじめから行くな。行かんでええ」

雅枝「どうしても行きたいならそれ相応の力を身に着けてからにしたらええ。
今のセーラにその力を認めることは出来ひん」

セーラ「…はい」

32 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2013/03/03(日) 15:20:52.76 ID:hb+Ku/uao

雅枝「お前が1年のときの先輩でプロに行ったんは何人?」

セーラ「えっと、3人…ですか」

そのうち1人は、俺に屈辱与えた張本人。
大嫌いで思い出したくもない最低な人。

でも、先輩達の中じゃ最強やった。
エースで、頭も良くて、みんなに好かれる理想的な先輩。

俺の前以外では。

あの人にとって俺は一体何やったんやろう。
今更考えても何の意味もないけど、でもふとそんなことを考える。

雅枝「そう、3人や。今、その3人はどうしてる?」

セーラ「…それは、えっと」

雅枝「全員が活躍してる。千里山の名に恥じない活躍を見せてる」

セーラ「はい」

雅枝「プロに行くっていうことはお前が考えてるほど簡単やないんやで」

セーラ「…はい」

33 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2013/03/03(日) 15:21:35.59 ID:hb+Ku/uao

そんなことはわかってる、わかってる…。
これまで血の滲むような努力を重ねてきた。

俺には異能とか、そんなん全然ないし、
ガチの魔物に敵う気はあんまりせーへん。

でも、だからって逃げるつもりはないし逃げたくはない。
そう思って、プロ志望にした。

それで、それで、やっと拾ってくれるチームが決まって…
俺の未来は明るく輝いていた…のに。

雅枝「お前が頑張ってるのは知ってるしわかってる
でも、最近のお前はおかしいで」

雅枝「牌譜も不自然なところだらけやし。対局中もどこか上の空や」

セーラ「……」

雅枝「そんな状態のお前を一人前に育てたと胸張って
プロへ送り出せるか?それは無理や、今のお前じゃ無理」

セーラ「やる気がないわけじゃないんです…でも、集中できなくて」

小さな声で言い訳じみた反論をする。

34 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2013/03/03(日) 15:22:27.09 ID:hb+Ku/uao

雅枝「理由は?」

雅枝「なんでそうなってんのか、あんたちゃんとわかってんの?」

セーラ「…たぶん」

雅枝「ほなその原因をなんとかしてき。
1週間、それでなんとかならんかったら」

セーラ「ならんかったら?」

雅枝「うちがプロの監督さんに江口は辞退しますって伝える」

セーラ「…で、でもそれは」

雅枝「あかん、もう決めたことや。反論は受付けません」

こう言うた監督はほんまにそれを実行してしまう。
そういう人。覆された試しは一切ない。
でも、1週間…猶予はある。
長いか、短いか…。どっちかな。

35 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2013/03/03(日) 15:23:03.70 ID:hb+Ku/uao

セーラ「はぁ」

部室に戻ってきて盛大なため息をついた。

怜「もう、そんなため息ついて。幸せ逃げるで?」

セーラ「もう逃げてる」

竜華「こら、絞られたな?」

竜華は何や嬉しそう。ちょっとむかつく…。

怜「監督はなんて?」

セーラ「…こんな調子が続くんやったらプロ行きはナシやて」

竜華「そうか、でもまあ…しゃーない」

怜「そうやでセーラ…さすがに最近ちょっとおかしいもん」

セーラ「でも、どうしたらいいか…」

どうしたら…。
俺は何をしたらこの気を晴らすことが出来る?
麻雀に向き合うことが出来る?

憧は自分で何とかしなきゃってそう言って…

憧、憧…あぁ、もう憧のことばっかり考えてる。
これが原因、集中できない理由…。

36 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2013/03/03(日) 15:24:10.56 ID:hb+Ku/uao

プロ行きという夢と将来がかかっているのに
それなのにあいつのことなばっかり考えている。

今、このとき大事なんはどっちやねん。
俺にとって大切なのはどっちや…。
憧か?プロか?
…そんな、選べるわけないのに。
しょうもない一人問答やな、ほんまに…。

竜華「あーあ。うちらの代のプロ雀士はナシかー」

怜「そやなぁ、伝統途切れてまうなぁ」

セーラ「…アホ、まだ終わってへんわ」

竜華「けどその辛気臭い顔したままやったらどうせアカンて」

怜「ウジウジ悩んでたらええわ」

セーラ「…だいたい、怜かてプロに誘われてたやん」

怜「私はもう競技麻雀はええわ、しんどいしな」

37 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2013/03/03(日) 15:25:10.80 ID:hb+Ku/uao

セーラ「じゃあ、俺しかおらんやん」

竜華「おーい、うちのこと忘れてるやろー」

セーラ「インハイ終わった直後に大学決めてもうたやつなんか知らんわ」

竜華「ふふ、ちょっと戻ったなセーラ」

セーラ「え?」

怜「こう、言い合いに乗ってくれるとちょっとは元気出たんかなって」

セーラ「…うぅ、すまん」

竜華「ええよ、友達やん」

怜「そやそや」
二人言葉が嬉しい。
優しい友達。
憧と俺のような関係とはまた違う、俺を甘えさせてくれる大切な支え。

38 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2013/03/03(日) 15:25:44.06 ID:hb+Ku/uao

でもやっぱり、憧が言うように自分でなんとかしなければ。

立ち直って、真摯に麻雀に向き合うために必要なことは…
…やっぱり、この胸の内をあいつに打ち明けるほかない。

結果はどうだっていい。

そらもちろん受け入れてくれるのが一番やけど
そんな見込みはないし、可能性もない。

やけど、この苦しい気持ちを打ち明けることで
何かが好転することを期待するしかない。

監督の言う1週間でできることなんてそれくらいや。
でも、それを有効に使いたい。
可能性があるならどんなことだってする。

だって俺は絶対にプロに行きたい。
名門、千里山の卒業生として、その名に恥じないように
精一杯、出来限りのことしよう。

39 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2013/03/03(日) 15:26:25.92 ID:hb+Ku/uao

次の日の土曜日、授業のない俺は朝早くから奈良へ向かった。
憧に会いに行く。
自分の気持ちを打ち明けて、自分の力で立てるように。

40 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2013/03/03(日) 15:27:10.79 ID:hb+Ku/uao

◆◆

セーラとはもう会わない、
そう言ってあいつの家を出てから2週間が過ぎた。

早かった気もするし、どんよりと遅かったような気もする。
なんだか変な感じがしていた。

あたしはとにかく必死だった。
自分の力で、自分で何とかしなきゃならないと思ったから、
だからそのために努力した。

対局中、セーラやシズの顔がちらつく。
あたしの中でせめぎ合いが、
次々に頭の中に浮かんでは消えていく。

もちろん集中力が削がれてラスに沈んだ。
でも、前ほど自分に悲観的じゃなかった。

今はこれでいいって思えたから。

少しずつでいい、少しずつでいいから
せめぎ合いに向き合って自分の足でちゃんと立てるようになろう。
そう思えたから、辛さも苦しさもずいぶんラクになっていた。

41 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2013/03/03(日) 15:27:45.12 ID:hb+Ku/uao

穏乃「憧、まだ調子戻らない…?」

しばらく放っておいてくれと突き放してから
あたしの顔色を伺うようになっていたシズがそう聞いてきた。

憧「あぁ、うん…すぐには難しいかな」

小難しい顔を止めて、苦笑いでシズの質問に答える。
シズはあたしのそんな顔見て、少し頬を緩めた。

穏乃「そっかぁ、でも、私は憧の味方だからね」

憧「味方かぁ、頼もしい」

ニコっと微笑みかけるとシズも笑ってくれる。
二人で笑い合うと心も軽くなったような気がした。

憧「あのね、シズ…あたしさ、前にシズにさ、
放っておいて欲しいって言ったでしょ?」

穏乃「…あぁ、うん」

シズは俯いて、小さく声を出した。
その様子を見て、自分がどれだけひどいことを言ってしまったかと思う。
当然、今更って感じなんだけどさ。

42 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2013/03/03(日) 15:28:15.17 ID:hb+Ku/uao

憧「あれさ、ちょっと撤回」

穏乃「ちょっと…?」

憧「…シズさ、あたしのことをね、…見守ってて」

穏乃「見守る?それ、どう違うの?」

憧「うーん、…わかんないけど、でも違うよ」

穏乃「なんだよそれー。…でも、なんか、
放っておいてって言われるよりはいいかな」

憧「あたしはこれからもみんなの足を引っ張ると思う
そんなにすぐに元通りになるとは思えないから」

憧「でもね、そんなあたしだけど、見守ってて欲しいの。
何も言わず、じっと見守ってて欲しいんだ」

穏乃「…わかったよ、憧。よくわからないけど、でも
憧が笑ってくれたから、それでいいよ」

無邪気に笑うシズの眩しい笑顔が目に染み入る。

あたしの大好きな笑顔。
大好きな声、髪、肌、その全てが輝いて見える。

43 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2013/03/03(日) 15:28:54.91 ID:hb+Ku/uao

だけど、でも、そんなシズを見ていたらさ、
気付いちゃったんだよ。

あぁ、もう…あたしはシズをそういう
「好き」じゃないんだってさ。

そんな予感はしてたよ。
だって、セーラのこと好きになっちゃったんだもん。
シズのことが好きなはずなのに、セーラを好きになっちゃった。

そのときから、こうなることは予感してたよ。
あたしがシズを好きじゃなくなることをさ。

でもその気持ちの変化が耐えられなかった。
なんでそうなっちゃうのって自分が信じられなかった。

もう何年もずっとずっとシズが好きだったはずなのに
優しくて甘えさせてくれるセーラを好きになってしまった。
そんな事実についていけなかった。

だけど、ほんとはちゃんとわかってたんだ。
こうなるってこと。
あたしが、シズを好きじゃなくなることをさ。

44 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2013/03/03(日) 15:29:45.76 ID:hb+Ku/uao

好きは好きだけど、でも前のような感情はあんまりない。

だからきっと、今なら笑顔で言えると思うんだ。

憧「シズ、和と幸せ?」

なんてね。

穏乃「うん!幸せだよ!」

って満面の笑みで言われたって傷つかない。
もう、「好き」じゃないから、傷つかない。

憧「そう、よかった」

って本心からそう言えるよ、シズ。
好きな人がいるんだ、シズ。

ねぇ、シズ、あたしはシズが好きだったけど、でもね
もっと好きな人と出会えたんだ。

だから、シズのことはもういいの。
辛かった気持ちは全部、あいつが流してくれたんだ。

もう会えないあいつが、あたしを救ってくれたんだ。
いつか、シズに会わせたいよ。
あたしの好きな人ですって会って欲しいな。
なんて、叶わない夢を、見ていた。

45 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2013/03/03(日) 15:30:22.57 ID:hb+Ku/uao

あたしはシズかセーラか、なんてせめぎ合いを卒業した。
シズへの気持ちがなくなったことで
あたしの気持ちはセーラただ一人へ向けられている。

だけど、新しいせめぎ合いが生まれてきた。
セーラに会いたい、でも会えないそんなせめぎ合い。

自分から離れたくせに、会いたいと思ってしまう。
会いたくて会いたくて仕方がない。
抱きしめて欲しくて、キスして欲しい。

だけど、会えない。もうきっと会ってくれない。
どこかで見かけることはあるかもしれない、でも、
二人きりで会うことはない。

こんな葛藤が起こり、あたしを苦しめる。
だけど、あくまで前向きに、下向かないで考えることにしていた。

苦しくたって、辛くたって、誰も支えてはくれないから。
自分でなんとかする、自分の力でって決めたから
だから、できるだけ前を見ようとしていた。

46 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2013/03/03(日) 15:32:06.84 ID:hb+Ku/uao

そんな風にして、また2週間が過ぎた。
日々は刻一刻と過ぎていった。

時にセーラのことを考え、
でもそんな考えなんて意味がないと振り切る。

そんな葛藤を繰り返しながら、日々と向き合った。

対局中のつまらないミスやすぐに欠ける集中力は
少しずつ改善の兆しを見せていた。

晴絵も「頑張ってるね、憧」と褒めてくれたし
シズはいつも見守ってくれているし、
他のみんなだって、あたしの味方でいてくれる。

セーラとはまた違ったあたしの心の支えなんだと思う。

そのことをあまり考えもせずに距離を置いて
放っておけなんて言った自分が恥ずかしい。

みんなはいつだってあたしを心配してくれていたのに
突っぱねて勝手に腫れ物になっていたんだ。

今は無理かもしれないけど、いつかあたしが強くなれたら
色んな弱さを払拭できたら、そのときは

「今までありがとう」

って伝えたいな。

47 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2013/03/03(日) 15:32:32.44 ID:hb+Ku/uao

それで、そしたら、強くなることが出来たら
そのときはセーラに会いに行こう。

強くなったあたしならちゃんと言えるはず。
自分の本当の、大切な気持ちを伝えられるはず。

セーラの気持ちなんて全然わからない。
あいつが何を思ってあたしの望みを叶えてくれていたのか
今考えたって何にも分からない。

それでも、この気持ちを吐き出したい。

辛くなる結果しか待っていないように考えてしまうけど
でも、何もしないほうがきっと辛いから、

だから、自分に自信を持てるその時が来たら、
全てを吐き出そう。

それまで、頑張れあたし。
日々を積み重ねて、ちょっとずつ前に進んで
強くなろう。絶対、強くなれるから。

そう、信じ込んで前だけを見つめる。
◆◆

48 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2013/03/03(日) 15:33:09.63 ID:hb+Ku/uao

無計画に阿知賀に来た俺は、学校の中に入っていけなくて
校門の辺りをうろうろしていた。

阿知賀の子で連絡先まで知っているのは憧だけやったし
ここで憧に連絡したんじゃなんか意味がないし…

まあ、誰か知った子が通るのを待つか…しかし寒いなぁ。

セーラ「うぅ」

冬の奈良の山奥、辺り一面は真っ白で、尋常なく寒い。
山を舐めてたなぁ…と薄着できたことを後悔しながら
校門にもたれ掛かったとき、

穏乃「あれ、も、もしかして千里山の江口さん?」

と、声をかけられた。

セーラ「おぉ、穏乃ちゃんか」

穏乃「あぁ、はい。あの、ここで何を?」

穏乃ちゃんと呼ばれて、一瞬首をかしげた。
そういえば、そんな風に呼んだ事はなかったか。
憧がシズ、シズって言うから…。

49 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2013/03/03(日) 15:33:45.96 ID:hb+Ku/uao

セーラ「んー、麻雀部の子が通るん待ってた」

穏乃「え?どうしてですか?」

セーラ「なぁ、麻雀部って今日も活動してんの?」

穏乃「はい、でもどうして?」

俺が何の用でここにいるんか全く分からない、というような顔で
穏乃ちゃんは不思議そうな顔をしてる。

雪深いところには不似合いな薄着で
大阪に住んでるはずの俺が何でこんなとこにって。

セーラ「憧、新子憧にちょーっと用事」

穏乃「え、憧ですか?憧?どうして?」

セーラ「ん、まあそれは会ってから」

穏乃「そうですか…あ、じゃあ麻雀部行きますか?」

セーラ「ん、頼む。寒くてたまらん」

穏乃「薄着だからですよ、ここ、結構寒いんです、山だから」

セーラ「そうみたいやな」

50 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2013/03/03(日) 15:34:14.08 ID:hb+Ku/uao

疑問符を頭に浮かべながらも穏乃ちゃんは
俺を校内へ招き入れてくれて、麻雀部の部室の前まで案内してくれた。

阿知賀の麻雀部の部室の前に立って、俺は深呼吸をする。
隣にいるのは憧の親友にして想い人、穏乃ちゃん。

穏乃「江口さん?大丈夫ですか?」

セーラ「え?」

穏乃「顔色があんまりよくないなって」

顔を覗き込まれる。すごく心配そうな顔をしていて、
一体自分はどんな顔色をしているんやろうって気になる。

セーラ「あぁ、ちょっと緊張気味やねん。でも、平気やで」

笑顔を作って見せると、

穏乃「よかったです」

って天真爛漫な笑顔。

あぁ、憧はこういう笑顔が好きやったんかなって思う。
無邪気で人を疑うことを知らんような優しい子。

51 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2013/03/03(日) 15:34:55.21 ID:hb+Ku/uao

穏乃「じゃあ、入りますよ?」

セーラ「あぁ、うん」

穏乃ちゃんがドアノブに手をかける。
中にはきっと、憧がいる。

どんな顔をして俺の前に現れるやろう?
怒ってる?喜んでる?どっちかな。
それとも、特に何もないのかな…。

ドアが開く瞬間、ネガティブ思考になりそうになった。
でも、拳をギュウッと握り締めてそれを振り払う。

穏乃「憧~お客さんだよ~」

穏乃ちゃんがそう言いながら、部室の中に入っていく。

俺は足元の来客用スリッパを見つめ、ぐいっと顔を上げると
そこには、卓について牌を磨く憧がいた。

52 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2013/03/03(日) 15:35:28.04 ID:hb+Ku/uao

牌を磨く布を手にしたまま、固まってしまった憧と目が合う。
俺も、入り口から一歩も動けずにいた。

好きで好きでたまらなくて、会いたいと願い、
でもそれが叶わなくて麻雀に影響が出るほど集中力を欠いた。

その人が、目の前にいる。
当たり前やけど、1ヶ月前と何も変わっていないその姿に安堵感を覚える。

穏乃「あ、憧?江口さん?」

穏乃ちゃんが、固まってしまったままの俺らを交互に見て
右往左往キョロキョロしている。
その様子が小動物みたいで、クスっと笑みがこぼれた。

セーラ「ふふ、ごめんごめん」

穏乃「い、いえ…」

少し笑うと心にも余裕が出来て、
ふぅ、と息をつくと大分ラクになった。

セーラ「憧、久しぶり」

とか言いながら近づいていく。
憧はやっぱり固まったまま動かない。

あれ、びっくりさせ過ぎたか…?

53 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2013/03/03(日) 15:36:08.83 ID:hb+Ku/uao

穏乃「憧?江口さん、憧に用があるって」

セーラ「憧?」

返事がないからどうしたのかと思って顔を覗き込む。
距離はそんなに近くなかったのに、憧はビクっと反応した。

憧「っ!!ば、バカじゃないの!!?」

赤くなって、照れているのか、えらく大声で。
でもその様子を見て安心した。あぁ、やっぱり憧は憧やって。

セーラ「えらい言い草やなぁ」

憧「う、う、うるさい!こんなとこでなにしてんのよ!」

セーラ「お前にちょっと話があって」

憧「え?なに?」

セーラ「ん~、ここで言うか二人きりになるか…」

憧「は、早く言いなさいよ!」

セーラ「ちょい落ち着けって。大事なことやから」

穏乃「憧、江口さんとそんなに仲良かったの?」

そばで俺らのやり取りを見ていた穏乃ちゃんが言う。
まあそら、驚くよな。

俺らのことを知ってる人なんているはずないし。
頑張って内緒にしてたことなんやし。

54 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2013/03/03(日) 15:36:41.49 ID:hb+Ku/uao

憧「えっ?あぁ、うん…まあ、えっと」

セーラ「そ、まあ、いろいろな」

穏乃「い、いろいろ?」

穏乃ちゃんが困惑でパンクしそうになったとき、
開け放されていた入り口から、見覚えのある顔が3つ現れた。

宥「今日は一段と寒いね…ん?」

室内でマフラー…は、まあこれだけ寒けりゃ理解も出来るか。

灼「遅くなってごめ……え?」

玄「お掃除の係でさー…あれ?」

セーラ「どーも」

手を上げて言うと、3人とも驚いた顔を見せた。

55 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2013/03/03(日) 15:37:33.12 ID:hb+Ku/uao

玄「え、江口さん?」

セーラ「そうやでー玄ちゃん」

と、竜華が呼ぶように呼んでみる。
長い髪が綺麗な、可愛い子や。

灼「どうしてここに…?」

この子部長さんやっけ。ちっこいなぁ。
頭を撫でてやりたくなるような…ちょい怜っぽいかも。

宥「…うぅ、寒い寒い」

松実のお姉さんの方はとりあえず寒いのか
ストーブの前に座り込んで暖を取る。

人数が少ないだけ寂しい感じかと思えば
この雰囲気を見る限りそうではないらしい。
仲良し5人組って感じがする。あったかい雰囲気が心地よい。

憧、ええ友達、仲間がいるやんか。

自分の力で立ち直る、何とかしたいってその気持ちさ
きっとみんながいるからできるんやな。

俺と会わなくたって、お前の支えはちゃんとここにいるやんか。
お前を助けてくれる仲間が、ちゃんといる。

56 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2013/03/03(日) 15:38:00.43 ID:hb+Ku/uao

憧「あぁ、もう!ほんとバカじゃないの!?」

セーラ「何を怒ってんの」

憧「ちょっと!こっち!」

セーラ「あ、ちょ、憧!」

憧はイライラしたように立ち上がって、俺の腕を掴むと
それを引っ張って部室から引きずり出した。

疑問符だらけの部室を出ると、廊下はめっちゃ寒い。

と、そんなことを考えている間に部室の2つ右隣にある
空き教室に引っ張り込まれた。

やっぱり寒くて、俺の腕を放した憧が慣れた様子で暖房を入れてくれる。
俺はドアをきっちり閉めて、前にいる憧を見た。

57 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2013/03/03(日) 15:38:34.98 ID:hb+Ku/uao

セーラ「ごめん、急に」

憧「…ほんとに」

セーラ「ん、…ごめん」

憧「いつ着いたの?」

セーラ「昼前には着いてんけど、ほら、勝手に入るわけにもいかんし」

憧「外で待ってたの…?」

セーラ「そやねん、んで、穏乃ちゃんに声かけてもらった」

憧「バカすぎでしょほんと…こんなに寒いのに」

憧は外を見ながら、そう言った。

セーラ「…けど、暖かいよ」

憧に会えて心も身体もぽかぽかになった。
顔見ただけで、いろんな悩みは吹っ飛んでいった気がした。

俺には、やっぱり憧が必要やって思った。

今までのように憧に求められるんじゃない。
俺が憧を求めているんや。それを今、確かに感じる。

58 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2013/03/03(日) 15:39:01.45 ID:hb+Ku/uao

セーラ「暖かいで、ほら」

手を差し出すと、憧はその手を握ってくれた。
憧の手は柔らかくて、白くて、俺の手よりもずいぶん暖かかった。

憧「…冷たいじゃん、ほんと…もう」

なぜか憧は泣きそうな顔になった。なんでやろ…?
俺がアホすぎて情けないってこと?

憧「バカ、なんだからっ…グスッ」

セーラ「え、ちょ、なんで?何で泣くん?」

今度は俺が慌てる番で。

静かにポタポタと涙を流す憧に対して
何をしてやればいいのか分からなくてオロオロしてしまう。

けど、こうするのが一番って思ったから。
いや、自分がそうしたかっただけかも知れへん。

俺は、泣いている憧をそっと抱きしめた。
憧は嫌がることもなく、俺の腕の中にすっぽりと収まる。
腕の中にいる憧は俺の胸に額を押し付けて泣き続けていた。

59 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2013/03/03(日) 15:55:21.61 ID:hb+Ku/uao

好きな人が腕の中にいて、髪の匂いが鼻をくすぐって
心臓は破裂しそうに緊張していたけど、

でも、何度もこうして抱きしめたことがあったせいか
妙に冷静で、手慣れたことでもあった。

もう会わないと言われて、
こうすることはもう二度とないって思っていたのに。
それが辛くてたまらなかったのに。

なのに、今、大阪から遠く離れた奈良の地で
俺は憧を抱きしめている。憧が腕の中で泣いている。

そのことがなんだか不思議なようでいて、
それもまたリアルなんやと考えていた。

プロ行きなんて今はどうだっていいって思える。
憧が腕の中にいることが今の俺にとって何より大切やから。

難しいことや、面倒なことは今は隅っこへと押しやる。

どれくらいそのままやったか、憧が泣き止むまでの間、
髪を、背中を優しく撫でながら、
ぼんやりとそんな考え事をしていた。

60 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2013/03/03(日) 15:55:49.95 ID:hb+Ku/uao

憧は泣き止んでも、俺から離れようとはしなかった。
ぎゅっとしがみついて離れない。
どういう理由でそんなことをするのかわからへんかったけど

でも、それが嫌なはずはないし憧は暖かかったし
できることならずっとこのまま…と思っていた。

憧「…なにしに来たの?」

憧のくぐもった声が腕の中から聞こえてくる。

セーラ「憧に伝えたいことがあって」

憧「なに?」

緊張するし恥ずかしいけど、でもこういうことは
ちゃんと顔を見て伝えるべきって思っていた。

でも、やっぱり顔が見えない今の状況はあり難くもあった。

だってほら、…顔を見たら飲み込んでしまいそうな事だって
今なら全部、ちゃんと伝えることが出来そうやから。

61 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2013/03/03(日) 15:56:28.04 ID:hb+Ku/uao

セーラ「憧…俺な、お前が俺に『もう会わない』って言った日にな、」

憧「うん…」

セーラ「あの日に、あの日…にな」

言え、ちゃんと…今なら言える。あの時は飲み込んだ。
言うべきじゃない、引き止めるべきじゃないって
そう思って飲み込んだことを…ちゃんと、言葉にしよう。

セーラ「もう会わないなんて言うな、って言いたかった。
二人で会えなくなるなんて嫌やったんや」

憧「えっ…?」

憧が初めて顔を上げた。至近距離で見つめあう。
泣いたあとの憧の顔は、それはひどい顔やったけど、
それでも、湧き上がる愛おしさは大きかった。

でも、顔を見たら伝えなきゃいけないことを飲み込んで…
いやそれはない。今ならちゃんと言える、そんな気がする。

62 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2013/03/03(日) 15:57:02.25 ID:hb+Ku/uao

セーラ「あの前の夜さ、憧は色んな話をしてくれたやん?」

憧「あぁ、うん…」

セーラ「嬉しかった、心を開いてくれたんやなって嬉しかったで」

憧「…あたしも、話をして気が楽になったし、だからこそ
いつまでもセーラに甘えてちゃいけないって…そう思って…」

憧はまた下を向く。伏せたまつ毛が長い。

ベッドの中、まつ毛に口付けて、

「優しいよね、セーラは」なんて言われたことを思い出す。
セーラ「ええんや、甘えてくれてそれでよかった…
俺はちゃんとお前からいろんなものをもらってたんやから」

憧「…え?」

セーラ「お前と一緒やと楽しかったし安心した、でもそのことに
全然気付いてなかったんや、アホやろ?」

憧「…うん、アホだね」

63 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2013/03/03(日) 15:57:41.51 ID:hb+Ku/uao

セーラ「今更で、でも、やっぱりちゃんと伝えたくて
そうじゃなきゃ俺は前に進めへんから」

セーラ「…きっかけをくれた監督には感謝やわ」

憧「え、監督?なんで?」

セーラ「憧、知ってると思うけど俺はプロに行く」

憧「あぁ、うん…」

セーラ「でも俺は最近集中力を欠いて散々なんや。
全然勝てなくなって、ひどい有様で」

憧「…どうして?」

憧はきっと何かに気付いた。

セーラ「このままやったらプロ行きは辞退させるで、って怒られてな」

憧「どうして、集中力を欠いたの?」

セーラ「…憧が俺を求めた理由と同じ、かな」

64 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2013/03/03(日) 15:58:20.54 ID:hb+Ku/uao

やっぱりそうなのか、そんな顔の憧が俺を見上げる。
そう、そうなんやで憧。俺とお前は同じ。

でも、そろそろこんな回りくどい言い方は止めよう。
だって、本当に言いたい言葉はたったの4文字やから。
セーラ「憧、好きやで」
たったの4文字、でも、とても遠かった4文字。

65 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2013/03/03(日) 15:58:59.22 ID:hb+Ku/uao

憧「……」

憧は固まった。また固まった。唖然とした顔。

セーラ「お前が誰を好きでも、俺はお前が好き」

憧「だ、だって…」

セーラ「あの日、離れたあの日、俺はお前を好きやって思った
けどそんなん遅くて、遅すぎて…辛かった」

セーラ「憧だって辛いのに、でも、自分で何とかするって
甘えないって言った憧をすごいと思った」

セーラ「俺にはそんなん無理で、落ち込んで苦しくて
麻雀がちょっと嫌になって、…」

セーラ「憧はずっとこんな気持ちやったんやなって
誰かに甘えたくなる気持ちもよくわかったんや」

憧「…そう、そっか」

憧はまだ言われたことをちゃんと理解していないのか
どこか上の空のような表情で呟く。

66 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2013/03/03(日) 15:59:50.95 ID:hb+Ku/uao

セーラ「会いたくて、でも会えへんくて、寂しかった」

憧「それ、…ほんとにほんと?」

セーラ「この状況でウソを言うやつおるか?」

憧「だけど…だってセーラは…そんなのっ」

セーラ「ほんまにほんま。好きで、大好き」

いまだ腕の中を憧をきつく抱きしめる。
そういえば、何故憧はここから抜け出さないんやろ…。

どうして大人しく抱きしめられているんやろ。
っていうか、何で泣いたんや…?

67 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2013/03/03(日) 16:00:33.82 ID:hb+Ku/uao

憧「…好き?あたしが好き?」

セーラ「うん、好き」

憧「どこが好き?」

セーラ「ん~…」

憧「なんで考えんのよっ」

セーラ「考えるっちゅうか、全部やから、なんて言おうかって」

憧「バカじゃないの」

セーラ「バカですよ、うん」

憧「…ねえ、じゃあ聞いてよ」

セーラ「え?何を?」

憧「告白したんでしょ?だったら返事を聞きなさいよ」

はぁ、と憧がため息。
呆れられてるか…。

68 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2013/03/03(日) 16:01:32.41 ID:hb+Ku/uao

いや、聞きたい。でも、聞きたくない。
玉砕覚悟でここにいるとはいえ、出来れば聞きたくない。
…そやけど、聞かないことには何も変わらへんのかな。

プロに行くために。なんてそれは関係なくて。
千里山とか、伝統とか、それも関係なくて。

俺自身が麻雀そのものに真摯に向き合うためには必要なこと。
ただただシンプルな理由。

気持ちを打ち明けて、結果を聞く…。

ゴクリと唾を飲み込んで、憧を見つめる。

69 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2013/03/03(日) 16:02:50.44 ID:hb+Ku/uao

憧「さぁ、どうぞ?」

セーラ「…返事、聞かせて?俺のこと、どう思ってる…?」

憧「……きだよ」

セーラ「ん?」

声が小さくて聞こえない。
でも、憧の頬が赤いことは分かる。

憧「…好き、だよ。大好き」

微かに、憧の小さな声が俺の耳に届く。

沸々と身体中の血が沸き立つような感覚。
それは歓喜の証。

溢れ出る涙、今度は俺の番。
憧が俺の背中に腕を回し、ぎゅっと抱きしめてくれる。
その力強い感覚に心は安堵した。

70 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2013/03/03(日) 16:03:48.23 ID:hb+Ku/uao

憧にはいろんなことを聞かなければならない。

穏乃ちゃんのことは?俺のことはいつから?
それ、ほんとにほんと?じゃあ、あの言葉は?

でも今はそんなのどうだっていい。

憧の言葉を、喜びを、噛み締めたい。
この幸せを、全て、噛み締めたい。
遠回りをした。
でも、ようやく、やっと、俺たちは
二人して前を向いて、きっと一緒に、前に進んでいける。

そんな予感を胸に、憧に甘えるように
子どものように、ただひたすら泣きじゃくっていた。
カン!

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