【有珠山SS】成香「ちかちゃんのところに行ってきた話」

転載元 : http://jbbs.shitaraba.net/bbs/read.cgi/comic/6471/1404058021/l50

1 :むい~ん 2014/06/30(月) 01:07:01 ID:rDdr2Yww

本土の夏休みは、私たちのいる北海道よりも、ちょっと長いそうです。
だいたい、八月の終わりくらいまでなんだとか。

そういえば、漫画とかでも、夏休みの最後の日に、宿題に追われる場面っていうのは、
八月三十一日が、定番みたいですね。
そんな涼しい時期になっても、まだ夏休みだなんて、ちょっと羨ましいです。

2 :むい~ん 2014/06/30(月) 01:07:30 ID:rDdr2Yww

インハイが終わって、洞爺に帰ってきて、お盆のお墓参りに行ってきて、
それから何日か経ったら、私たちの夏休みは、もうおしまいです。

でも、夏休み明けの部活に、ちかちゃんは来ませんでした。

三年生のちかちゃんは、とっても成績優秀で、必要な単位は二年生まででほとんど取ってしまっていて、
今年は、前期の履修科目はほんのちょっとだけ、後期はゼロ。
単位制で二期制のうちの高校では、九月までは前期なのですが、
ちかちゃんは、先生にお願いして、試験を早めに受けさせてもらって、全部合格したそうです。

三年生は、受験勉強とかがあるので、学校行事の参加も、強制ではありません。
だから、ちかちゃんは、もう卒業式まで、学校に来なくていいのです。
すごいです。

3 :むい~ん 2014/06/30(月) 01:08:00 ID:rDdr2Yww

爽「ちくしょー、誓子に宿題とか全部手伝わせるはずだったのに、
もう学校来なくていいとか何なんだよ…」

由暉子「誓子先輩が爽先輩に与え給うた試練なのではないでしょうか?」

揺杏「天罰だね~」
ちかちゃんがいない、麻雀部の部室。

四人いれば、それなりに賑やかですし、麻雀も打てます。

……でも、私は、とっても寂しいです。
本当だったら、ちかちゃんは、後期になって授業が無くなっても、
きっと、部活には来てくれていたんだろうと、思うのです。
ちかちゃんのお家は、大きなホテルで、
たぶん、卒業したら、そのまま、お家で働くようになるはずです。
ということは、受験勉強とかも、しなくていいのですから。

いえ、もしちかちゃんが、部活に来ようとしなくても、
自分の家にいれば、爽先輩が、引きずってでも連れてきたでしょう。

でも、いくら爽先輩でも、奈良からは、引きずってこれないみたいです。
ここから奈良までは、千何百キロでしたっけ。
どれくらい遠いのか、想像もつきません。

4 :むい~ん 2014/06/30(月) 01:08:31 ID:rDdr2Yww

ちかちゃんは、インハイの決勝で対局した、奈良の松実さんという人と、仲良くなって、
その人のおうちの旅館に、修行を兼ねて、お手伝いに行っています。
洞爺湖とは全然違う場所のホテルや旅館でも、働いてみたい、見聞を広めたい、
そんなことを言っていました。
道内とか東北くらいならツテもあるけど、関西には今まで全然ツテが無かったから、とも。

あっちの夏休みが終わる九月には、こっちに帰ってきて、
その後、もしかしたら紅葉の時期に、また行くかもしれない、と。

奈良っていうのは、どんなところなのでしょう。
このへんでは、よく電車がエゾシカとぶつかって止まりますが、
奈良のシカも、やっぱり電車にぶつかるのでしょうか。

5 :むい~ん 2014/06/30(月) 01:09:03 ID:rDdr2Yww
九月の初め。
ちかちゃんが、奈良から帰ってきました。
誓子「ただいま戻りましたっ」

成香「ちかちゃん、お帰りなさい」

爽「おー、遅いぞ。いつまで夏休みだと思ってんだよ」

由暉子「お帰りなさいませ。…爽先輩、本土のほうの夏休みは八月末までなのでは?」

揺杏「ちか先輩待ってました! 先輩に着せたい衣装あるんだよね~」
久しぶりに見たちかちゃんは、少し、日に焼けていました。

6 :むい~ん 2014/06/30(月) 01:09:31 ID:rDdr2Yww

ちかちゃんの行っていた、奈良の吉野というところは、奈良でも特に山奥のほうで、
こっちとは比べられないほど、すごく、暑いそうです。

旅館のお仕事ですから、基本的には屋内ですし、紫外線対策もちゃんとしてたそうですが、
それでも、うっすらと日焼けしてしまうくらい。
でも、ちかちゃんの日焼けは、とっても健康的で、すてきです。

松実さんのところの旅館(松実館というそうです)でのお仕事は、かなり、忙しかったみたいです。
ちかちゃんのお家の、大きなホテルとは違って、小さな旅館で、従業員さんも少なくて、
そこへ、インハイに出たことで宣伝効果?もあったみたいで、お客さんも普段より多くて。

……って、私たちに話してくれるちかちゃんは、とっても、生き生きしていました。
きっと、お仕事が、すごく楽しかったんだと、思います。
そんなちかちゃんと一緒に働けた、松実さんたちが、羨ましいです。

7 :むい~ん 2014/06/30(月) 01:10:00 ID:rDdr2Yww

誓子「……でね、卒業しても松実館で住み込みで働けることになったの」

爽「…え? そこに就職するってこと?」

成香「えっ」

由暉子「誓子先輩のお家は洞爺サイプラスホテルですよね。そちらは宜しいのですか?」

誓子「うん。うちの親とかも別にいいって」
えっ。

ちかちゃんは、お家のホテルで働くから、卒業してもずっとこっちにいるんだと、思ってました。
だから、できたら私も、ちかちゃんちのホテルに就職したいなあ、って。
そうしたら、毎日ずっと、一緒にいられますからね。

でも、ちかちゃんは、奈良に就職しちゃう?
もう、卒業までの何ヶ月かしか、一緒にいられない?

もちろん、一年待って、私が卒業してから、奈良のほうに就職か進学すれば、
また、ちかちゃんの近くで暮らすことも、できるかもしれません。
でも、その一年を、私は、どうやり過ごせばいいのでしょうか?

8 :むい~ん 2014/06/30(月) 01:10:31 ID:rDdr2Yww

爽「そっか、じゃあもうあと半年くらいで、誓子はあっちに行っちゃうんだな。寂しくなるな…」

誓子「あっ、ごめん。半年じゃないの」

四人「?」

誓子「私、後期はもう授業は一つも無いから、今月からあっちに引っ越すの」
は?
ちかちゃん、何言ってるんですか…?

意味がよくわからないのですけど……。
9 :むい~ん 2014/06/30(月) 01:11:00 ID:rDdr2Yww

その後、ちかちゃんがしてくれた話は、ちょっと重いものでした。

ちかちゃんのお家、洞爺サイプラスホテルでは、
今年の春頃に、当時の社長さん(ちかちゃんのお祖父さん)が、急に亡くなられてから、
誰が跡を継ぐかで、親戚じゅうが、ずーっと揉めているのだそうです。

副社長さんは、桧森家の人ではなく、今はその人が社長代行をしてるので、
ホテルの営業自体は、普通にできているのだけれど、
このせいで、ホテルの会社全体が、ギスギスしてしまっていて、
職場としては、あまり、雰囲気が良くない状態。

だから、元々ちかちゃんは、卒業後はとりあえず進学するか、
あるいは、どこか別のホテルとかに就職しようと、思っていたそうなのです。
ホテルの仕事は好きでも、親戚どうしで、ずっと喧嘩してるところでは、働きたくないから。

お祖父さんが亡くなったのは、私もお葬式に行ったので、知ってましたけど、
その後、そんなことになってて、ちかちゃんが、そんな思いをしてたなんて、全然知りませんでした。
私だけじゃなくて、爽先輩たちも、初めて聞いたっていう感じです…。

…で、松実館に行ってみたら、そっちは小さな旅館だけど、とてもアットホームで、
松実さんたちや、他の従業員さんたちも、みんな仲が良くて、
とっても、居心地がいいところだそうなのです。
こっちよりすごく暑くても、お給料が格段に安くても、それでも、働きたいと思えるくらいに。

10 :むい~ん 2014/06/30(月) 01:11:31 ID:rDdr2Yww

そうまで言われたら、私は、それ以上、引き留められません。

ちかちゃんと一緒に、ちかちゃん家のホテルで働く、っていうのは、
私が、何となく思ってただけで、それをちゃんと言ったことも、無いですし。

……あ、二人とももっと小さな頃、小学生くらいのときとかには、言ったかもしれません。
でも、そんなのは、きっと時効でしょうし、当時と今とでは、状況も違います。
ちかちゃんは、私がそんなことを言ったのも、たぶんもう、忘れてしまったのでしょう。
引っ越しの準備や、色んな手続きとかで、何日かかかった後、
麻雀部のみんなで、送別会みたいなパーティをして、
それだけで、ちかちゃんは、奈良に行ってしまいました。

駅で、最後のお別れをするとき、私は、泣きながら、ちかちゃんに抱きつきましたが、
ちかちゃんも、他のみんなも、眼には涙を浮かべていましたし、
もちろん、行ってしまうちかちゃんを、止めることなんて、できませんでした。

11 :むい~ん 2014/06/30(月) 01:12:00 ID:rDdr2Yww
季節は流れて、十二月後半。学校は冬休みです。
本土の冬休みは、もうちょっと遅いそうですけど。
私は、奈良の松実館に、泊まりに行くことにしました。一人でです。
東京より遠くに行くのは、初めてです。

本当は、ユキちゃんに連れて行ってもらうつもりだったのです。
夏に、インハイで東京に行くことになったとき、
移動や宿の手配をしてくれたのも、ちかちゃんとユキちゃんでした。

ユキちゃんは、割と何でもできる、しっかり者なので、
頼めば、奈良にも連れて行ってくれると、思ったのですが、
「お一人で行かれたほうが、誓子先輩を独り占めできて良いのではないでしょうか?」
って、言われてしまったのです。
別にそんな、独り占めだなんて…。

揺杏ちゃんや爽先輩だと、道中でどんなトラブルがあるか、わかりません。
私とちかちゃんの、共通の知り合いは、他にはうちの両親くらいしかいませんが、
お母さんやお父さんに、連れてってもらうのも、何か違う気がします。
ちかちゃんに会いに、奈良に行きたいと話したら、お金は、少し出してくれましたけど。

12 :むい~ん 2014/06/30(月) 01:12:30 ID:rDdr2Yww

ユキちゃんは、一緒に行かない代わりに、いろいろと相談に乗ってくれました。
お金も計算してくれました。お母さんからもらったお金と、お年玉貯金で足りそうです。
ユキちゃんは他にも、電車の切符を買ってきてくれたり、
何ページもある「旅のしおり」を、作ったりしてくれて、
そのしおりを見ながら、私は奈良に向かいました。

洞爺駅を夕方四時半に出る、大阪行きの特急に乗って、大阪に着くのが、次の日の午後一時近く。
「トワイライトエクスプレス」っていう、かっこいい名前の、緑色の電車です。
それから更に、いろいろ乗り換えて、吉野山駅、松実館の最寄り駅に着くのが、三時半くらい。

……えっ、これ、二十三時間もかかりますよ? 日本って広いですね。
ちかちゃんは、そんな遠くに行っちゃったんですね…。
松実館には、ユキちゃんに頼んで、偽名で予約を入れてもらってあります。二泊。
本名を使わなかったのは、もちろん、ちかちゃんをびっくりさせるためです。
私を置いて行ってしまったのですから、少しくらいは驚いてもらっても、いいでしょう。

ちかちゃんが、冬休み中、遠くに出かけたりしないのは、
事前にユキちゃんが、さりげなく確認してくれてあります。
住み込みですし、もしシフトでお休みの日だったとしても、
全然会えないということは、ないはずです。

13 :むい~ん 2014/06/30(月) 01:13:00 ID:rDdr2Yww

二十時間以上の、寝台車の旅。ちかちゃんも、確か同じ電車で行ったはずです。
ちかちゃんもこの景色を見たんでしょうか…なんて思いながら、景色を見たり寝たりしていたら、
終点の大阪駅には、あっという間に着いていました。

私は、電車からホームに降り立ちます。初めての大阪。
……ここって、駅のホームですよね?
なんか、天井すっごい高いですよ?? しかもガラス張りです。
東京の、インハイ会場のロビーを思い出すような、何だか大都会って感じです。
ホームも何本もあって、どこに乗り換えればいいのか、目移りしてしまいます。

ユキちゃんの「旅のしおり」には、駅の地図もついてたので、
それを見ながら、乗り換えのホームを探していると…、
??「なるか!」

成香「?」
誰かが、私のことを呼んだ気がします。

──と、思う間もなく、私は、後ろからその誰かに、抱きつかれました。

14 :むい~ん 2014/06/30(月) 01:13:30 ID:rDdr2Yww

誓子「わわっ、本当に来たんだなるか。久しぶり」

成香「えっ、ちかちゃん?」

この、あったかい感じ。ちかちゃんです。
びっくりしました。
成香「えっと…なんで、ここにいるんですか?」

誓子「ユキから連絡もらってたの。今日なるかが来るから、迎えに行ってって」

見ると、ちかちゃんの手には、私が持ってるのと同じ「旅のしおり」があります。

成香「ユキちゃん…、私にはそんなこと一言も…」

誓子「今日うちに予約してる内本さんっていうのも、なるかのことなんだよね。
ようこそお越し下さいましたっ!」

15 :むい~ん 2014/06/30(月) 01:14:00 ID:rDdr2Yww

……どうやら、何もかも、ユキちゃんにバラされてたみたいです。

でも、それでちかちゃんが、こうして迎えに来てくれて、とっても嬉しい。

成香「ちかちゃん…会いたかったです」

私は、ちかちゃんのほうに向き直って、肩ごと、ちかちゃんを抱き締めました。
こんなに人がいっぱいいるところで、泣き顔を見せるのが、何だか、恥ずかしかったからです。
身長差があるので、こうすれば、私の顔は、ちかちゃんの胸元に隠れます。
誓子「な、なるか、ちょっと恥ずかしいかも…」

16 :むい~ん 2014/06/30(月) 01:14:30 ID:rDdr2Yww

それから二時間半、私は、ちかちゃんと二人で、電車に揺られ、吉野に向かいました。
直接会うのは、三ヶ月ぶりくらい。お互いに、いろんな話をしました。

三人だけで出た秋季大会のこと。爽先輩の単位が瀕死なこと。
ユキちゃんに男の人がたくさん言い寄ってきて大変なこと。
松実館での日常。紅葉の時期の目の回るような忙しさ、楽しさ。松実館の人たちのこと。
揺杏ちゃんが、服飾のコンクールで賞を取ったこと。昭和新山の活動が最近やばげなこと。
高鴨さんが山に詳しいこと。松実館についたらちょっと大切な報告があるということ。
成香「大切な報告…? それは、いま聞いてはいけないんですか?」

誓子「うん。本当はもっと早く言おうと思ったんだけど、なるかがこっちに来てくれるなら、
そのときに顔を合わせてからのほうがいいかなって思って」

成香「??」
何のことか、よくわかりません。

……いえ、何か怖くて、考えたくないだけかもしれませんが。

乗り換えのときに、はぐれそうだからと言って、つないだ手。
ちかちゃんの肌。とっても懐かしいです。

17 :むい~ん 2014/06/30(月) 01:15:00 ID:rDdr2Yww

初めて来る吉野は、雪に包まれていました。
夏はとても暑かったと、聞いたのですが、やっぱり日本ですから、冬は、雪が降るんですね。
こんなに南だと、降らないのかと思ってました。
丸一日かかるくらい、遠くに来たはずなのに、何だか、景色が、あまり変わらない気がします。
ちかちゃんが、隣にいるから?

ロープウェイを降りて少し歩くと、すぐ、松実館が見えてきました。
大きめのアパートくらいの大きさ?の、木造の建物です。
洞爺の、ちかちゃんちのホテルと比べると、かなり小さく見えます。
誓子「なるかは今日はお客さんだから、正面からご案内しないとね」

なんて言いながら、ちかちゃんは、まるで自分の家みたいに、扉を開けます。

と、玄関には、見覚えのある人がいました。

18 :むい~ん 2014/06/30(月) 01:15:30 ID:rDdr2Yww

玄「あっ、お帰りなさい」

誓子「ただいま。お客さん連れてきたよ」

成香「こんにちは…」

玄「おおっ、本内さんですね。お久しぶりです。インハイ以来ですね。
(ちっ、やはりおもちは全く成長していないか…)」

成香「松実さん…、お久しぶりです」
インハイで阿知賀の先鋒だった、松実玄さん。ドラゴンロードさん。
決勝では、ものすごいドラ爆で、私から何万点も取った方です。

対局のときは、まるで竜の化身みたいな、ちょっと怖い雰囲気でしたが、
今は、ごく普通の、優しそうなお姉さんという感じです。
同い年なのにお姉さんと言ってしまうのも、おかしいですけど。

玄「今日は良いお部屋をご用意しましたから、どうぞゆっくりしていって下さい。
(ああ、できれば真屋さんのおもちも拝みたかった…)」

笑顔の下で、何か、失礼なことを思われていそうな、気がします。

19 :むい~ん 2014/06/30(月) 01:16:00 ID:rDdr2Yww

お部屋に案内されたあと、ちかちゃんは、簡単に説明をしながら、お茶を淹れてくれただけで、
着替えてくるからと、すぐ出て行ってしまい、私は一人、ぽつんと残されました。
二~三人は泊まれそうな感じの、ちょっと広い和室です。
窓の外には、小さなお庭があって、木や岩に、雪が降り積もっています。

自分の家の部屋よりも広いここに、今日は、一人でお泊り…。

ちかちゃんをびっくりさせようと思って、普通のお客さんとして予約したわけですが、
そんなことを考えないで、最初から、
ちかちゃんの住んでるお部屋に、泊まらせてもらえば、良かった気がします。

今からでも、頼めば、そうしてくれるでしょうか。
いや、むしろお客さんとして、ちかちゃんに、今夜ずっと一緒にいてって、頼んだら…。

……お客さんは、私だけではないんですから、それは、たぶんダメですね。

20 :むい~ん 2014/06/30(月) 01:16:31 ID:rDdr2Yww

お茶を飲みながら、私は、周りの音に、耳を傾けます。
まだ四時前ですから、他のお客さんはいないのでしょうか。物音は、ほとんどしません。
ただ、雪がしんしんと降っています。
遠くから、トントントントン、と、包丁の音が聞こえます。料理の音でしょうか。
ゴシゴシゴシ、という音もします。お風呂場とかをブラシで洗う音?

静かなので、だんだんと耳が澄んできて、小さな音も、聞こえるようになってきます。

そばの道路を通る車の、タイヤチェーンのキュラキュラという音。
ざくっざくっと、雪を踏みしめながら歩く音。
あっ、電話が鳴って、誰かがそれを取りました。

オモチ…オモチ…という、何か、うめき声みたいなものも聞こえます。怖いです。
私は、いつの間にか、座椅子にもたれたまま、うとうとしていました。
21 :むい~ん 2014/06/30(月) 01:17:00 ID:rDdr2Yww
「──るか、なるか。起きて」

肩を揺さぶられて、私は目を覚まします。
ちょっと、寝ちゃってたみたいです。

目の前には、ちかちゃんがいました。
旅館の人っぽい和服を着ている、ちかちゃん。
写メで見たことはあったのですが、いざ目の前にすると、やっぱりかっこいいです。
大人っぽくて、凛々しくて、しっかり働いてる人っていう感じ。
さっきまでの、いつものちかちゃんとは、一味違います。
誓子「あ、起きた? おはよう、なるか」

成香「…おはようございます、ちかちゃん」
そういえば、いつだったかも、部室で寝ちゃってた私を、
ちかちゃんが、こうやって、揺り起こしてくれたことがありました。
それから、何ヶ月かしか、経ってないはずなのに、もう、遠いできごとのような、気がします。

22 :むい~ん 2014/06/30(月) 01:17:31 ID:rDdr2Yww

ちかちゃんの隣には、もう一人、旅館の人がいます。
その人も、ちかちゃんと同じような和服ですが、何か、すごいもこもこしてます。
太ってるんじゃなくて、いっぱい厚着してるみたいです。
この人は…たぶん、あれです。
誓子「なるか、宥のことも憶えてるよね?」

成香「…えっと、阿知賀の次鋒の…」

宥「はじめまして…でいいのかな。松実宥です。本日は、松実館にようこそいらっしゃいました」

成香「本内、成香です…」
ちかちゃんと同じ格好なのに、こっちの人は、とろんとした感じです。
松実宥さん。ちかちゃんが、こっちに来るきっかけを、作った人。諸悪の根源。
…のはずなんですが、あんまり、そんな感じはしません。

もっと悪そうな人だったら、私も、右眼の力を解放して戦って、
この人を倒して、ちかちゃんを奪い返したり、できるのかもしれません。
でも、こんなに、ゆったりと、とろんとした、善良そのものっぽい人に、そんなことをしたら、
たぶん私は、罪悪感に、耐えられないでしょう。
誓子「それで、この宥が、私の新しい妹です」
23 :むい~ん 2014/06/30(月) 01:18:00 ID:rDdr2Yww
…………。
…………えっ?
今、何か、この場にそぐわない言葉が、聞こえませんでしたか?

成香「……妹、って…?」

誓子「えっと、iPS法ってあるよね。血が繋がってなくても姉妹になれるっていうやつ」

誓子「それで、私が宥の姉で、宥が私の妹になったの」

成香「…………」
言葉が出ません。
これは何なのでしょうか。ちかちゃんの、新しいドッキリ?
私を、びっくりさせようとしただけ?

24 :むい~ん 2014/06/30(月) 01:18:31 ID:rDdr2Yww

iPS法…。
確か、今年の春か夏くらいにできた、新しい法律です。

iPS細胞のおかげで、結婚とか、血のつながりっていうものの、意味が変わってきたので、
それに対応するために、作られたって、ニュースで見ました。
インハイの決勝で当たった、白糸台の中堅と大将の人も、iPS法で姉妹になったとかで、
キスしてる写真が雑誌に載ってたのを、見た憶えがあります。

そうは言っても。
あの「姉妹」って、単にそういう言葉を使ってるだけで、要するに、「結婚」と一緒ですよね?
姉妹になれるのは、一人につき一人だけで、
一度なると取り消しも効かないし、男の人との結婚もできなくなるって。
ちかちゃんは、まだ十八歳です。松実宥さんも、たぶん同じでしょう。
白糸台の人たちみたいなのは、例外で珍しくて、珍しいからこそ雑誌に載ってたわけで、
普通は、十八くらいじゃ、お嫁さんなんて決めませんよね?

…あっ。そうです。これは、きっと冗談です。
私が、偽名なんか使って、ちかちゃんをびっくりさせようとしたから、
ちかちゃんも、私をびっくりさせようと、松実さんと一緒にネタを考えたんでしょう。
私をびっくりさせるためとはいえ、ちかちゃんが、
こんな、心臓に悪い嘘を、つくでしょうか?
25 :むい~ん 2014/06/30(月) 01:19:00 ID:rDdr2Yww

誓子「……なるか? どうしたの? びっくりしちゃった?」
……あ、ちょっと、一人の世界に、入ってしまっていました。
これはいけません。せっかく、ちかちゃんと一緒にいるのに。
成香「…………すごく、びっくりしました」

誓子「あ、喋った。良かった」

成香「……このネタは、どちらが考えたんですか?」

誓子「ネタ? …ううん、これは、ネタとかじゃないよ」

成香「……な、…何、を、言っ……」
ちかちゃんが、私に嘘をついたことは、たぶん、今まで一度も、ありません。
あ、からかったりとか、冗談みたいなのは、何度もありますけど、
そういうときは、いつもすぐにネタばらしをして、私を安心させてくれます。
だから、ちかちゃんが、はっきり「ネタとかじゃない」って、言ったっていうことは、
そんな───……
26 :むい~ん 2014/06/30(月) 01:19:31 ID:rDdr2Yww
27 :むい~ん 2014/06/30(月) 01:20:01 ID:rDdr2Yww
ふと、目を覚ますと、お部屋はもう真っ暗でした。

……寝てた?

それとも、気を失っていたのでしょうか。
座卓に突っ伏して、寝ていた私。
背中には、毛布が掛けられてます。暖かいです。
それとは別に、布団も一組、敷いてあります。
エアコンの、動作音。加湿器が、蒸気を吐く音。

誰もいません。
少し前なら、私が、ちかちゃんのいるところで、寝てしまったら、
たぶん、ちかちゃんは、私が起きるまで、そばにいてくれたと思うのです。
よほど長い時間、ずっと眠りこけてるとかでない限りは。
でも今日は、ちかちゃんはお仕事中なのでしょうから、そうもいきませんよね。

時計を見ると、さっきちかちゃんたちと話してたときから、まだ、一時間も経ってません。

いえ、もしかしたら、ちかちゃんは、私が起きる前まで、ずっとそばにいてくれてて、
お手洗いとか、何かの用で、ちょっと離れただけかもしれません。
ということは、たぶん、少し待ってれば、戻ってきてくれるはずです。

28 :むい~ん 2014/06/30(月) 01:20:31 ID:rDdr2Yww

でも、しばらく待っても、ちかちゃんは戻って来なくて。
だいぶ時間が経ってから、お夕食を運んできてくれたのは、私の知らない人でした。

ちょっと、ためらいましたけど、一応、私はお客さんなので、少しくらい質問してもいいですよね。

成香「あの、ちかちゃん、…えっと、桧森誓子さんはどこに…」

望「…ああ、お客さん、誓子ちゃんの北海道のお友達なんでしたっけ。呼んできますか?」

呼んできますか、と訊かれたということは、
呼べば一応、来られなくはない、ということでしょうか。

来られなくはないのだったら、きっとそのうち、様子を見に来てくれると思うのです。
私はたぶん、驚いてしまって、気絶するか寝るかしたのですから。

もし、何かの仕事の途中だったら、呼びつけちゃうのは、迷惑かも。
ここはきっと、待ったほうが、いいのでしょう。
成香「……いえ、いいです。大丈夫です」

望「…そうですか」
ああでも、もし今夜、ずっと来てくれなかったら、きっとショックです。
やっぱり、呼んでもらったほうが…、それとも、どこにいるのか訊いて会いに…、
でも、業務用?、みたいな場所にいるんだったら、入っちゃいけませんよね…、
ええと…。

29 :むい~ん 2014/06/30(月) 01:21:01 ID:rDdr2Yww

望「…そこのテレビの横の電話、一番が帳場で、#九十五番が誓子ちゃんの個人のお部屋ですから」

成香「……えっ、あの」

望「ただの九十五じゃなくて、必ず最初にシャープを押してから、九、五、と押して下さい」

成香「シャープ、きゅう、ご…」

望「帳場は基本的に夜の十一時までですので、
普通の御用がありましたら、なるべくそれまでにお願い致します」

成香「は、はい…」

望「では、ごゆっくりお寛ぎ下さい。器はまた後ほど下げに参りますので」
えっと、つまりこれは……、
十一時過ぎだったら、ちかちゃんは自分の部屋にいる、ということでしょうか…?

30 :むい~ん 2014/06/30(月) 01:21:30 ID:rDdr2Yww

お食事はたぶん、山海の珍味?とかで、とっても豪華なもの、だったと思うのですが、
いろんなことが、頭をぐるぐるしている状態で食べたので、正直、味はよくわかりませんでした。

その後は、お風呂。
お部屋にも、お風呂はあるのですが、大浴場のほうに、行ってみました。
ちかちゃんや松実さんたちが、お客さんと同じ時間に、入ってるわけはないのですけど。

ゆうべは、寝台車についてる、共用のシャワーだけで、
しかも、有料なのに、六分間しかお湯が出ない、というものでした。
それに比べたら、旅館の大浴場は、天国です。身体も、思う存分洗えます。
ちかちゃんが洗ってくれたらいいのに、って、思いますけど。

お風呂自体も、すごく広いです。私の小さな身体じゃ、もったいないくらいです。
もしかして、泳げるのではないでしょうか…?
ちかちゃんがそばにいな、…もとい、他のお客さんがいたので、やりませんでしたが。

31 :むい~ん 2014/06/30(月) 01:22:01 ID:rDdr2Yww

ゆっくりと、お風呂に浸かって、温まりながら、話を整理してみます。
成香「……ちかちゃんが、」
成香「…松実宥さんと、」
成香「…姉妹になった。」
成香「…iPS法で。」
うん。
ちゃんと、気を失わずに、事実の認識が、できました。

32 :むい~ん 2014/06/30(月) 01:22:30 ID:rDdr2Yww

でも、声に出して言うと、
物事が、何だか、はっきりしてしまって、ショックが大きいです。

ここがお風呂じゃなかったら、私は崩れ落ちて、そのまま、動かなくなってたと思います。
崩れ落ちたら、息が苦しくて、溺れそうになったので、何とか立て直せました。

やっぱり、ユキちゃんについてきてもらえば良かったです。
ユキちゃんがダメなら、仕方ないので、揺杏ちゃんでも、爽先輩でもいいです。
誰かに、話を、聞いてほしいです。
ちかちゃんっていう、大切な友達が、
自分に合った仕事をみつけて、一生懸命働いてて、
おまけに、自分に合ったお嫁さん(ですよね?)まで、見つけたというのに、
なんで、私は、こんなに、

動揺したり、悲しかったり、するんですか?

気絶しちゃうくらいに?
33 :むい~ん 2014/06/30(月) 01:23:00 ID:rDdr2Yww

すごく、長風呂してしまいました。

浴衣に着替えて、お部屋に戻ると、食器は、いつの間にか片付けてありました。
片付けてなかったら、それを口実に、誰かに来てもらおうと、思ったのですが、
やっぱり、お客さんがいないときに、片付けちゃいますよね。さすが旅館です。

時計を見ると、十時半です。
十一時を過ぎたら、ちかちゃんは、来てくれるでしょうか。
来なかったら、さっきの人に教わった番号に、かけてみるつもりです。

携帯にかけるか、メールするか、とも思いましたけど、
お仕事中は、どんなふうに邪魔になるか、わかりませんし、
それは、お部屋の電話に出なかったらに、しようと思います。
洞爺から、ここまで来たんです。それくらいは、してもいいですよね?
お布団は、とてもふかふかで、寝心地が良さそうです。手招きしています。
でも、たぶん横になったら、そのまま、朝になっちゃいます。
ちかちゃんと、松実さんの話。私が気絶しちゃったので、もしかしたら、まだ途中かもしれません。
そのまま朝になっちゃうのは、何かイヤです。

座椅子に座ってても、寝ちゃいそうなので、うろうろと、歩き回ってみます。
誰かに電話……。でも、もう夜遅いですし。
それに、電話してる間にちかちゃんが来て、ふすま越しに声が聞こえて、
電話してるから明日にしよう、ってなったら、大変です。

うろうろ。うろうろ。
足だけが、機械的に歩いています。

34 :むい~ん 2014/06/30(月) 01:23:30 ID:rDdr2Yww

トントン。

誰かが、ノックした気がします。
誓子「なるか、入っていい?」

ちかちゃんです!
私は矢のような速さでふすまに駆け寄ります。そして開けます。
旅館の人の和服を着て、廊下に正座した、ちかちゃんがいました。

私は、駆け寄った勢いのまま、ちかちゃんに抱きつきます。

成香「ちかちゃん…」

ほんの何時間か前に、会ったばかりなのに、
私は、どうしてこんなに、熱いのでしょう。
誓子「…な、なるか、浴衣はだけてる…」

…あ。走ったときに、帯?が、ゆるんだみたいです。
でも、これはチャンス。

成香「えっと…、浴衣、着せてもらっても、いいですか?」

35 :むい~ん 2014/06/30(月) 01:24:01 ID:rDdr2Yww

誓子「──はい、できましたよ、お客さん」

成香「ありがとう、ちかちゃん」

浴衣の着方とかは、正直よくわからなくて、帯も適当に結んだだけ、だったのですが、
やっぱり、専門の人に着せてもらうと、違う気がします。
着付け、っていうんでしたっけ。
さすがちかちゃんです。
…さて、何から話せば、いいのでしょうか。
それとも、ちかちゃんから、話し始めてくれるのでしょうか。

いや、やっぱりここは、私が会話の主導権を、握らないと。
聞きたいことが、聞けなくなって、しまうかも。
成香「ちかちゃん、さっきの、姉妹っていうのは、どういうことですか…?」

誓子「うん。びっくりさせちゃってごめんね。…なるかは、iPS法のことは知ってるんだよね?」

成香「…ニュースとかでは、見ましたけど、一応、ちかちゃんに、説明してほしいです」

36 :むい~ん 2014/06/30(月) 01:24:30 ID:rDdr2Yww

ちかちゃんの説明は、私が知ってることと、だいたい、同じでした。
「結婚」っていう言葉は、はっきりとは、使いませんでしたけど、
「宥とずっと一緒にいる」って、言ってたので、同じでしょう。

違っていたのは、あの雑誌に載ってた、白糸台の姉妹の人は、苗字が一緒じゃなかったのに、
ちかちゃんの苗字が、「桧森」じゃなくて、「松実」に変わっていたことくらいでした。
苗字は、二人とも変えないか、それとも一緒にするか、選べるんだそうです。
ヒノキの森から、マツの実だと、ちょっとスケールダウン?

…とか、そういうことは、別にいいんです。
まず、これを確認しないと、いけません。
成香「…ちかちゃんは、松実宥さんのことが、好きなんですか?」

誓子「うん」
即答です。
……ひどいです。
37 :むい~ん 2014/06/30(月) 01:25:00 ID:rDdr2Yww

成香「でも、初めて会ってから、まだ何ヶ月かしか、経ってないですよね?
それで、姉妹になって、一生ずっと一緒にいるって、決めちゃえるんですか?」

誓子「うーん…、たぶん、こういうのって、理屈じゃないから。
私も、宥も、二人ずっと一緒にいようって思ってる。これは、事実」
何だか、適当にはぐらかされた気がします。
ちかちゃんは、たまに、そういうところがあります。
私と一歳しか違わないのに、なんか、子ども扱いするというか…。
成香「私も……、もっと、ずっと、ちかちゃんと一緒に、いたかったです」

……あ。

ちかちゃんが、ちょっと目を見開いて、驚いてます。

何か、変なこと言っちゃったんでしょうか、私。
38 :むい~ん 2014/06/30(月) 01:25:31 ID:rDdr2Yww

誓子「なるか…、ごめんね」

ちかちゃんが、私の背後にまわって、そっと後ろから、私を抱きかかえてきます。

誓子「お詫びにじゃないけど、明後日なるかが洞爺に帰るまで、私、なるかと一緒にいるね」

成香「えっ…。お仕事は、いいんですか?」

誓子「本当はお仕事の予定だったんだけど、宥も玄も、明日明後日は休めって言ってくれたから。
それで、なるかの相手してあげてって」
松実さんたち、GJです。さっき、諸悪の根源とか思ってしまって、ごめんなさい。
お客さんが、少ないとはいえ、従業員さんも、少ないみたいですから、
一人抜けたら、その分きっと、大変でしょう。何か、お礼をしたほうが、いいのかもしれません。
成香「……嬉しいです。ありがとうございます」

誓子「…良かった。一人がいいって言われたらどうしようかと思った」

成香「ちかちゃんに、そんなこと、絶対言ったりしません」

誓子「…………」
ちかちゃんは、黙ってしまいました。
腕の力が、少し、強くなった、気がします。後ろにいるので、表情は、見えません。

39 :むい~ん 2014/06/30(月) 01:26:00 ID:rDdr2Yww

誓子「…えっと、じゃあ、明日どこか行きたいところある?
雪降ってるけど、このへんの町並みっていうか山を歩くのも、有珠山とかとは全然違って面白いし、
それとも、明日香とか橿原とかまで降りて観光したりでもいいし…」

成香「ちかちゃんの、お部屋に行きたいです」

誓子「え」

成香「ちかちゃんの、普段のお休みの日と、同じことが、したいです」

誓子「休みの日って……」

成香「普段、お休みの日は、どんなことをしてるんですか?」

誓子「最近は、資格の勉強がメインかな…。
H検っていう、ホテルとか旅館で働く人が取る資格があって、宥がもう持ってるから、私も取るの」

誓子「あと、ここに来たばっかりの頃は、この近くをいっぱい歩いた。
いつでもお客さんに説明できるように、この山全体を自分で見とかなきゃって思って」

成香「じゃあ、明日の半分は、お部屋で一緒にお勉強して、半分は、近くを案内して下さい」

誓子「勉強もするの…? なるかが聞いてもあんまりわかんないかも」
わからなくてもいいのです。
ちかちゃんのお部屋で、長い時間を、一緒に過ごせる機会は、
もしかしたら、もう、無いかもしれないのですから。

40 :むい~ん 2014/06/30(月) 01:26:31 ID:rDdr2Yww

成香「それと、今日は、一緒に寝てほしいです」

誓子「……わわっ。それは、えっと、いくらなるかでもっていうか、私には宥が…」

成香「……あっ、えっと、そういう変な意味じゃなくて、
インハイのときみたいに、一緒のお布団で、ただ並んで寝たいだけで…」

誓子「そ、そっか。うん。じゃあ朝まで一緒にいるね」
ただ「一緒に寝てほしい」って、言っただけなのに、何か、すごい勘違いを、されたみたいです。
やっぱり、松実さんとは、もう、そういう関係なんでしょうか…。
心臓が、強く締めつけられた、気がします。
そうして、私とちかちゃんは、一つの布団に入って、二人で、並んで寝ました。

インハイで、東京に泊まったときも、こうやって、二人で一つの布団で、寝たことがありましたが、
ちかちゃんは、寝相がとても悪くて、夜中に何度か、蹴られて、起こされました。
今夜も、蹴られて、起こされるでしょうか。そうしたら、ちかちゃんの寝顔を、独り占めです。

でも、ゆうべは寝台車で、あんまりよく眠れなくて、
今日も、いろいろあって、疲れたからか、
私は、すぐ寝入ってしまい、そのまま朝まで、目を覚ましませんでした。

41 :むい~ん 2014/06/30(月) 01:27:00 ID:rDdr2Yww
次の日。
私は、ゆうべ言ったとおり、一日じゅう、ちかちゃんと一緒にいました。
ちかちゃんのお部屋に行って、午前中はお勉強。

資格のテキストというのを、見せてもらいましたが、
カタカナの用語が多くて、ちんぷんかんぷんです。
洋風のホテルに勤めてる人向けに、フランス料理とかのことも、試験に出るので、
松実館ではあまり使わなくても、憶えるんだそうです。
このカタカナは、英語じゃなくて、フランス語なんですね。大変です。
ちかちゃんが、まだ洞爺に住んでたとき、何回か、家に遊びに行ったことがありますが、
ここは、そのときよりも、かなり物が減った、こざっぱりとした感じの、お部屋です。

というか、何だか、生活感がないお部屋な、気がします。
ちかちゃんがお手洗いに行った隙に、押入れの中も見たのですが、
お布団が、入っていませんでした。
畳のお部屋なので、ベッドもありません。

もしかしたら、普段は、松実さんと一緒のお部屋で、寝起きしてる…?
ゆうべ教えてもらった、#九十五番に電話しても、ひょっとして、誰も出なかった…?

夫婦…、もとい、姉妹のプライバシーには、私は、どこまで立ち入って、いいのでしょうか。

42 :むい~ん 2014/06/30(月) 01:27:31 ID:rDdr2Yww

午後は、近所を案内してもらいました。
雪が降っているので、傘をさしてのお散歩です。相合傘です。
降ってるといっても、そんなに強くなくて、
普段なら、傘がなくても大丈夫なくらい、でしたけど、
相合傘がしたかったので、そうしました。

吉野山というところは、春は、桜がとっても綺麗だそうです。
松実館も、お花見のお客さんで、大賑わいになるんだとか。

今は、一面の雪景色。
お土産屋さんとかは、普通に開いてますが、人通りは、そんなにはありません。
きっと、ゴールデンウィークくらいには、人でいっぱいになるんですね。

…と思ったら、このあたりの桜は、もっと早い、三月とか四月に咲くんだそうです。
下手したら、春休みに桜が咲いちゃう、ってことですか? まだ寒いですよ?
そんな時期だと、普通に勤めてる人は、お休みもなかなか取れないでしょうに、
それでも、平日も毎日、お客さんが、いっぱい来るんだそうです。

何だか、すごいですね。別世界のお話、という感じです。
電車に、丸一日乗っただけで、こんなところまで、来られるんですね。

明日もう、この世界から、元の世界に、帰らないといけないなんて、嘘みたいです。

43 :むい~ん 2014/06/30(月) 01:28:00 ID:rDdr2Yww

夜は、まず大浴場で、ちかちゃんと一緒にお風呂。
ちかちゃんたちが、普段入るお風呂は、別にあって、
大浴場には、掃除とかのときにしか、入らないそうです。
お互いに、背中を流したりするのも、久しぶりです。

私の隣にいる、裸のちかちゃん。
全てが小さな、私と違って、やっぱり、スタイルがいいです。

ちかちゃんの、全裸。私は、こういうたまの機会にしか、見られませんが、
松実さんは、もしかして、毎晩見てるんでしょうか。
寒がりだからって、一緒にあったかくなったり、してるんでしょうか。
寝るときも、ちかちゃんのお部屋で、一緒に寝ようと思ったのですが、
客室に二泊のお金を払ってるのにもったいない、って、ちかちゃんが言うので、
昨日と同じお部屋で、同じ布団に、二人で並んで寝ました。

実際のところ、松実館は、高校生の一人旅には、かなり高いお値段です。
電車代も結構かかりましたし、私のお年玉貯金は、一気に減ってしまいました。
次に来るときは、ちかちゃんのお部屋に、泊めてもらうか、
もしそれがダメなら、他に安いところを、探したほうが、いいのかもしれません。

電車代も、片道二~三日かかって、乗り換えもいっぱいあってよければ、
もっと安くできる切符も、一応あるって、ユキちゃんが言ってました。
ちゃんとユキちゃんに教わって、次は、その切符にしたほうが、いいですね。

次があるかどうかは、別として。

44 :むい~ん 2014/06/30(月) 01:28:31 ID:rDdr2Yww
そして三日目。帰る日です。

大阪を、お昼の十一時五十分に出る、札幌行きに乗るので、
少し余裕をみておくとして、朝の九時前くらいには、松実館を出ないといけません。
来たときと同じように、ちかちゃんが、大阪駅まで送ってくれることになりました。

そういえば、二泊三日もいたのに、松実さん姉妹とは、あまりお話をしていません。
松実館から出るとき、お二人揃って、挨拶してくれるまで、
私は、そのことに、気付いていませんでした。

もしかしたら、気を遣って、私とちかちゃんの、二人きりの時間を
少しでも、長くしようと、してくれたのかもしれません。
でも、敵のことを、もう少し探っておくべきだった、気もしますし、
そう思うと、探られないために、わざと避けていたんじゃ、とも…。

って、そんなわけはありませんね。
ちかちゃんが選んだ人と、その、実の妹さんなのですから、
たぶん、そんなに黒かったりはしない、はずです……よね。

45 :むい~ん 2014/06/30(月) 01:29:01 ID:rDdr2Yww

来たときと同じ、電車に乗って、大阪に向かいます。
雪に包まれた山奥から、ふもとへ。雪なんてカケラもない、都会の街へ。
最後の二時間半。あっという間です。
成香「……ちかちゃんは、卒業しても、進学はしないんですよね」

誓子「うん。お義父さんは、専門学校とかに行ったらどうかって言ってくれてるけど、
宥は行かないっていうし、独学でH検定取れちゃってるし、
だったら私も学校なんか行かないで一緒に働いて、資格のこととかも宥に教わればいいかなって」

いま、「おとうさん」っていう、言葉がありましたけど、
これは、たぶんもう、洞爺の実家のお父さんのことでは、ないんでしょうね。

誓子「なるかは、進路はどうするの?」

成香「……まだ、全然考えていません。一年先のことなんて…」

誓子「そっか。そうだね。
私も、一年前は、こんなふうになってるなんて思いもしなかった」
麻雀は、一巡先に何が起こるか、わかりません。
人生だって、一年先に、いえ、一分先に何が起こるかだって、わかりません。
ちかちゃんが、こんなに私から、離れちゃうなんて、思いもしませんでした。

46 :むい~ん 2014/06/30(月) 01:29:30 ID:rDdr2Yww

大阪駅。
これからまた、電車に明日の朝まで乗るので、その分の食べ物や飲み物を、買い込みます。

車内には、一応、食堂車があるのですが、これが、松実館に引けをとらないくらい、豪華で高いのです。
事前にユキちゃんに、聞いてなかったら、とてもひもじい思いを、していたでしょう。
ちかちゃんお勧めの、駅弁も買いました。神戸ワインステーキ弁当。
お酒のお弁当だなんて、ちかちゃんは、こんなところでも、大人です。

時間が近くなったので、ホームに上がります。やっぱり、この駅は天井が高いです。

ガラス張りの、晴れた空の下。私は、ちかちゃんと最後のお別れです。

誓子「最後じゃないよ? 卒業式のときは有珠山に行かないといけないし」

成香「…そうでした。じゃあ、またその時に、会えるんですね」

誓子「…………」

成香「……ちかちゃん?」
急に、景色がぼやけてきました。
来たときと同じで、また私の眼から、涙が出てきたみたいです。

私は、涙をぬぐいながら、最後に、ちかちゃんの顔を見ようとします。
ちかちゃんも、眼から、涙が出てきています。

47 :むい~ん 2014/06/30(月) 01:30:01 ID:rDdr2Yww

…えっ。
なんで、泣いているんですか?

──と、訊く間もなく、

ちかちゃんは、足を少し曲げて屈んで、正面から私に、すがりついてきました。

誓子「なるか……、ごめんね……ごめんね……」

えっ?

ちかちゃんは、何で謝ってるんですか??

寂しいから泣く、というのなら、私もそうなりそうなので、わかるのですが、
泣きながら謝られるようなことって、何も、ありませんよね?

48 :むい~ん 2014/06/30(月) 01:30:30 ID:rDdr2Yww

訊いちゃダメ、とも、一瞬思いましたが、
謝られる理由がわからないまま、帰ったら、ずっと、気になってしまいそうです。
成香「ちかちゃん…、「ごめんね」って、何ですか…? 謝られるようなことって、何も…」

誓子「全然知らなかった! 気付いてあげられなかった! わああああああああ!!!」
何を言っているのか、全然わかりません。

今年、インハイの決勝で負けたときも、私たちは泣きましたし、
その他にも、私やちかちゃんが泣いたことは、何度かあるのですが、
ちかちゃんが、こんなに大声で泣いてるのは、初めて見ました。

49 :むい~ん 2014/06/30(月) 01:31:01 ID:rDdr2Yww

まもなく出発、という、駅のアナウンスが、聞こえます。
ちかちゃんは、まだ私にしがみついたまま、泣きじゃくっていて、
話そうとしても、うまく話せない?みたいです。
普段だと、私のほうが口下手なのに、これじゃ逆です。

このまま電車に乗ってしまって、いいのでしょうか?
でも、札幌行きは一日一本しか、無いそうなので、乗り遅れたら大変です…。

電車のドアの近くで、こんなことをしてたからか、駅員さんが二人、近づいて来ました。
「お客さん、二人ともこれ乗るん?」

成香「あ、えっと、乗るのは、私だけで…」

「泣いとるほうは見送りか。ほな、もう時間なるでお嬢ちゃんは乗んな。
こっちのお姉ちゃんはうちらで面倒みるさかい」

誓子「なるか…、なるかぁ…、ゆるして……」
私たちは、駅員さんたちにやんわりと引き離されて、
私は電車に乗せられ、ドアはすぐ閉まりました。

電車は、ゆっくりと動き出します。
ちかちゃんと、ちかちゃんをなだめる駅員さんたちを、残して。

50 :むい~ん 2014/06/30(月) 01:31:30 ID:rDdr2Yww

あまりのことに、私の頭は、ついていけません。
なんで、ちかちゃんは、あんなに謝ったんでしょうか?
「ゆるして」、って、何のことなんでしょうか?

あんなに謝られるようなことを、された覚えが、ありません。
何の相談もしないで、遠くへ行くのを決めちゃったことは、
確かに、ちょっと謝ってほしかった、気もしますが、
あんなに、大泣きして謝られるようなことでは、ないと思います。

次の駅に着いて、ドアが開いて、自分が乗る人の邪魔になってることに、気付くまで、
私は、何分もずっと、ドアのところに、へたり込んでいました。

51 :むい~ん 2014/06/30(月) 01:32:01 ID:rDdr2Yww

自分の個室に入って、ベッドに、横になってみます。
まだお昼過ぎなので、全然眠くありません。
洞爺に着くのは、明日の朝、七時過ぎです。それまで、ずっと一人です。

行きに乗ったときは、ちかちゃんと会えるのが楽しみで、
二十時間以上っていう時間も、そんなに、気になりませんでした。
でも、帰りは、行きより一時間くらい、短いはずなのですが、
なんだか、もやもやして、とても長く感じそうです。

こういう時、大人なら、お酒を飲むというのも、いいのでしょう。
でも、さっき買ったワインステーキ弁当には、ワインは入ってませんでした。
説明書?を見ると、これは、お肉を料理するときに、ワインに漬けただけ、みたいです。
全然、酔っ払えませんでした。
寂しいです。
ちかちゃんと、また、遠く離れてしまったからです。

悲しいです。
ちかちゃんと、また、遠く離れてしまったからです。
それに、なんであんなに泣いてたのか、わからないのも、悲しいですし、
泣き止むまで、なだめてあげられなかったのも、悲しいです。

52 :むい~ん 2014/06/30(月) 01:32:31 ID:rDdr2Yww

ふと、携帯を見ると、メールのランプが、点いていました。
ちかちゃんから? と思いましたが、画面を見ると、ユキちゃんからです。

『帰りのトワイライトにはちゃんと乗られましたか?
明日の朝、洞爺駅にお迎えに参ります。
今回は、ご一緒できず本当に申し訳ありませんでした。』

ユキちゃんも、何か謝ってます。
一緒に来てくれなかったのは、何度も謝ってたから、もういいのに…。

いまの状況を、ユキちゃんに相談しようかとも、思いましたが、
なんて書いたらいいのか、わかりません。
ちかちゃんが、ああやって泣いたりしたことを、メールでどう説明すれば、いいのでしょう。
そもそも、そのことは、ユキちゃんに話してしまっても、いいのでしょうか?
そう思うと、電話で相談というのも、ためらってしまいます。

考えてもよくわからなかったので、メールの返信には、
ただ、「ちゃんと乗りました」としか、書けませんでした。

53 :むい~ん 2014/06/30(月) 01:37:01 ID:rDdr2Yww
翌朝。

目が覚めて、携帯の時計を見ます。八時過ぎです。
洞爺駅に着くのは、七時過ぎです。

完璧に、寝過ごしました。ユキちゃんが待ってるのに…。
とりあえず、次の駅で降りて、引き返さないといけません。

寝巻きから着替えて、荷物をまとめて、忘れ物がないか、確認して、
…とやっているうちに、おかしなことに、気付きました。

この電車、乗ったときと、反対の方向に動いてませんか?
まさか、札幌まで行って、また大阪行きになったんでしょうか?
でも、終点まで行ったら、普通は、起こしてくれますよね? お掃除とかも、するでしょうし。

ちかちゃんのことを、ユキちゃんに話していいかどうかは、考えがまとまりませんでしたが、
寝過ごしたのは、自分のせいなので、この異常事態は、ユキちゃんに相談しても、いい気がします。

というか、寝過ごしたことを、知らせないといけません。
私が、電車から降りてこなくて、心配してるかも。

私は、ユキちゃんに電話をかけます。ユキちゃんはすぐ出ました。

54 :むい~ん 2014/06/30(月) 01:37:30 ID:rDdr2Yww

由暉子『おはようございます、成香先輩』

成香「おはよう。あの、ごめんなさい。寝過ごしちゃいました」

由暉子『…今まで寝ておられたんですか?』

成香「うん。それで、電車が、逆向きに走ってる? みたいなんですけど、どうすれば」

由暉子『逆向き…ということは、青森はもう過ぎたんですね』

成香「えっ? 私、本土に戻っちゃったんですか?」

由暉子『えっ?』

55 :むい~ん 2014/06/30(月) 01:38:01 ID:rDdr2Yww

結論から言うと、電車はまだ全然、洞爺に着いてませんでした。

私が寝てる間に、どこかで事故があって、その影響で、この電車も途中で止まってて、
いまは、何時間も遅れて、走ってるみたいです。
ユキちゃんは、ネットでそのことを知ってたので、特に心配はしてなかった、とも。
成香「じゃあ、逆向きに走ってるのも、私の勘違い…?」

由暉子『その列車は、青森と五稜郭の間は、走る向きが逆になるんです。
行きのときと同じですよ? 旅のしおりにも書いたかと思いますが』
線路の配置?とかの都合で、この電車は、途中で、必ず、逆向きに走るんだそうです。
そういえば、行きのときも、途中でそうなってたかも、しれません。
たぶん、四日前の私は、そんなことまで、気が回ってなかったんですね。

56 :むい~ん 2014/06/30(月) 01:38:30 ID:rDdr2Yww

話してるうちに、電車が、トンネルに入ったからか、電話は、切れてしまいました。
出たら一応、また電話しよう、と思って、窓の外を見てたのですが、
トンネルを何度か、出たり入ったりした後、
電車はずっと、長いトンネルから、出なくなってしまいました。
青函トンネル、です。たぶん。

しばらく経って、電車がトンネルから抜けると、すぐ、メールが入ってきました。

『そろそろ青函トンネルを抜けられた頃かと思います。
北海道へお帰りなさい、先輩。
列車が着く頃に合わせて洞爺駅へお迎えに参ります。
今のペースだと、おそらく十一時か十二時くらいですね。』

さすがユキちゃんです。何巡も先を、見通してます。
電車に乗ってる時間が、とっても、長くなってしまいましたが、
「旅のしおり」のとおりに、食べ物も飲み物も、多めに買ってあるので、大丈夫です。

電車は、途中でまた、向きを元に戻して、順調に走ってゆきます。

57 :むい~ん 2014/06/30(月) 01:39:00 ID:rDdr2Yww

結局、洞爺駅に着いたのは、十二時過ぎくらいでした。
二十四時間以上も、ずっと、電車に乗ってたことになります。
ベッドでごろごろしてたら、二度寝してしまって、
あやうく本当に乗り過ごしかかったのは、内緒です。

改札を出たところで、ユキちゃんが、出迎えてくれました。
由暉子「成香先輩、お帰りなさいませ。長旅お疲れ様です」

成香「ただいま、ユキちゃん」

由暉子「…奈良は、如何でしたか?」
えっと、…何から話したら、いいのでしょう。
丸一日、考える時間があったのに、何も、まとまっていません。

ユキちゃんが、たぶんまだ知らない、揺杏ちゃんや爽先輩も、きっと知らない、
重要な内容から、まず話すべきでしょうか。

58 :むい~ん 2014/06/30(月) 01:39:30 ID:rDdr2Yww

成香「……ちかちゃんが、松実さんと、姉妹になっていました…」

由暉子「姉妹? ……もしかして、iPS法の姉妹のことですか?」

成香「……」コクッ

由暉子「松実さんというのは、次鋒のお姉さんのほう、松実宥さんのことですよね?」

成香「……」コクッ

由暉子「誓子先輩と、松実宥さんが、iPS法での姉妹になっておられた、と」

成香「……そうです」コクッ
やっぱり、ユキちゃんは、頭の回転が速いです。
ちょっと話しただけで、どんどん、先を言い当ててくれます。私は、うなずくだけ。
これなら、全部話すのも、そんなに難しくないかもです。

59 :むい~ん 2014/06/30(月) 01:40:00 ID:rDdr2Yww

由暉子「…そうでしたか。こんなに早く……。申し訳ありませんでした」

成香「……? ……どうして、ユキちゃんが謝るんですか?」

由暉子「……あのお二人が、恋人どうしになっている可能性もあると、思ってはいたのです。
ですから、今回成香先輩が奈良に行かれることで、
その流れに何らかの影響があるかも知れない、とも思っていました」

成香「…………」

由暉子「ですが、まさか、iPS法での姉妹にまでなっておられるとは、予想外でした。
成香先輩もきっと驚かれましたよね…」

成香「……とっても、驚きました」

由暉子「こんなことでしたら、誓子先輩に向こうでのことをもっと細かくお訊ねしておいたり、
成香先輩にこのことを予めお知らせして、先輩のショックを和らげるよう対策を講じるべきでした」

由暉子「本当に、申し訳ありません」ペコリ

成香「……そ、そんなことで、謝らなくっていいです!
だって、こんなの、予想できないのなんて、当たり前です。麻雀じゃないんですから」

60 :むい~ん 2014/06/30(月) 01:40:30 ID:rDdr2Yww

どうして、ユキちゃんもちかちゃんも、何だかよくわからないことで、謝るのでしょう。
しかも、たぶん、二人とも、全然悪くないのです。
何だかよくわからない、といえば、
ちかちゃんが、泣いて謝った理由も、未だによくわかりません。

メールか電話して、ちかちゃん本人に訊けばいい、とは、もちろん思うのですが、
普段、とっても大人なちかちゃんが、あんなに取り乱したんです。
私が何か訊いて、またああなっちゃったら…って思うと、とても、怖くて訊けません。

やっぱり、これも、ユキちゃんに訊いてみるしか、ないのでしょう。

洞爺駅から、私たちの住む町までは、バスで三十分くらい掛かります。
ちょうど、次のバスがすぐあったので、私たちはバスに揺られて、地元へ向かいました。

61 :むい~ん 2014/06/30(月) 01:41:00 ID:rDdr2Yww

バスの中でも、私はユキちゃんに、奈良であったいろんなことを話しました。
さっきと同じで、ユキちゃんが、どんどん先読みしてくれます。話は、どんどん進みます。

で、昨日、電車に乗る前、大阪駅で、ちかちゃんが泣いたことも、話しました。
由暉子「誓子先輩は、「ゆるして」と仰ったんですか…」

成香「…あんなに泣いて、「ゆるして」って、言われるようなことを、された覚えがないのです。
何のことだか、わからないですし、
でも、それを、ちかちゃん本人に訊くのも、何だか怖いです…」

由暉子「そうですか…。……そうですよね……」

成香「……? ユキちゃんは、何のことか、わかるんですか?」

由暉子「……先輩、今日は真っ直ぐご自宅に帰らなくても大丈夫ですか?」

成香「…えっ、えっと、お母さんにメールすれば、大丈夫だと思いますけど…、
……ゆうべ、シャワーだけだったから、帰って、お風呂に入りたいです」

由暉子「でしたら、私の家に寄って頂けませんか? お風呂も入って頂けるように致しますし、
……バスが着くまでには、全然終わらないくらいのお話になるように思いますので」
確かに、もうちょっとで、バスは終点です。ユキちゃんの家は、終点から歩いてちょっと。
私の家は、終点から更にまた、別のバスに乗り換えです。
私は、ユキちゃんの家に、寄らせてもらうことにしました。

62 :むい~ん 2014/06/30(月) 01:41:31 ID:rDdr2Yww

ユキちゃんの家に来るのは、何気に、初めてです。
駅からだと、私の家のほうが遠いのですが、学校からだと、ユキちゃんの家のほうが遠いからか、
今まで、なかなか、機会がありませんでした。
今日は、ユキちゃんのご両親は、お出かけしていて、家には、誰もいないそうです。
お風呂は、広くて新しくて、ユキちゃんがスイッチを押してから、十分もかからないで、沸きました。
もちろん、松実館みたいに、すごく広いわけでは、ないですけど、
たぶん、二~三人くらいは、余裕で入れます。

だからなのか、いつの間にか、私とユキちゃんは、一緒にお風呂に入っていました。

一昨日は、ちかちゃんと一緒に、松実館の大浴場、
昨日は、一人で、寝台車の共用のシャワー、
そして今は、ユキちゃんちで、二人でお風呂。
毎日違って、何だか面白いです。

63 :むい~ん 2014/06/30(月) 01:42:00 ID:rDdr2Yww

ユキちゃんは、おっぱいが、とっても大きいです。
私の背中や髪を、ユキちゃんが洗ってくれたのですが、そのときに、
おっぱいが揺れて、私の身体に当たってくるくらいです。

私がユキちゃんを洗っても、同じことは、起こりません。
インハイの時にも、みんなで、一緒のお風呂に、入ったりしましたが、
たぶん、五人の中では、一番の大きさです。
そういえば、松実さん姉妹は、お二人とも、おっぱいが大きそうでした。
もちろん、直接見たわけでは、ありませんけど。

私のも、ユキちゃんくらい、大きかったら、
ちかちゃんは、私から離れないでいて、くれたでしょうか。

64 :むい~ん 2014/06/30(月) 01:42:31 ID:rDdr2Yww

身体を洗い終えて、二人で、湯船に浸かります。

成香「……はぁ~、あったかいです。生き返ります」

由暉子「そう言って頂けると嬉しいです。ありがとうございます」
ユキちゃんのおっぱいは、お湯に浮いています。すごいです。
もし、湖で泳いだりしても、きっと沈まないんでしょう。
思わず、じっと見つめてしまいます。

由暉子「……宜しければ、触ってみますか?」

成香「……え。触っても、いいんですか?」

由暉子「大丈夫です。どうぞ」
ずいっ、と、ユキちゃんが近寄ってきます。
こんないいものに、触っていいのでしょうか。

私はおそるおそる、指先を伸ばして、ユキちゃんの胸に、触れてみます。
……弾力?がありますね。ぷにっ、という擬音が、いいでしょうか。
でも、二の腕とかの、ぷにっとした感じとは、また違う気がします。
もちろん、自分のまな板とも、全然違います。

65 :むい~ん 2014/06/30(月) 01:43:00 ID:rDdr2Yww

由暉子「他の人の胸を触るのは、もしかして初めてですか?」

成香「初めてです…」

由暉子「そうですね…。私も誰かにこうして触って頂くのは初めてですが、
こういう時、普通は手のひらで鷲づかみにして揉むそうですよ?」

成香「鷲づかみ…?」

由暉子「こうです」

ユキちゃんは、私の手の甲の上から、自分の手のひら全体を、重ねると、
そのまま、自分のおっぱいにあてがって、
私の手の上から、自分のおっぱいを、揉み始めました。

これは……すごいです。
世の中に、こんな、揉み心地のいいものが、あったのですね。

66 :むい~ん 2014/06/30(月) 01:43:31 ID:rDdr2Yww

ちかちゃんのも、揉んでみたかったです。
ちかちゃんは、きっと、松実さんと、こういうことも、してるんですよね。
由暉子「誓子先輩のことを考えていらっしゃるのですか?」

成香「えっ…、あっ、その…」

由暉子「私のでは少し大きすぎますが、今はこれで我慢して下さい」

ちかちゃんのことを、考えながら、ユキちゃんのおっぱいを、揉む。
何だか、とても失礼なことを、してる気がします。
でも、ユキちゃんが、私の手を、離してくれないので、私は、しばらくそのままでした。

67 :むい~ん 2014/06/30(月) 01:44:00 ID:rDdr2Yww

とても長い時間、お風呂に入ってた、気がします。
鏡で見ると、私の顔も、ユキちゃんの顔も、真っ赤です。

きちんと片付いてる、ユキちゃんのお部屋。
壁、カーテン、ベッド、本棚…、全部が全体的に、白とかピンクとかの、明るい色です。
本棚には、宗教の難しそうな本が、いっぱいありますが、漫画とか小説も、あるみたいです。
椅子が一つしかなくて、机も勉強机だけなので、
いま、私とユキちゃんは、ベッドに二人並んで、座っています。
由暉子「さて、どこからお話ししましょうか…」

少し前の私が、思ってたのと、同じことを、言っています。

この四泊三日で、私に、いろんなことが、あったみたいに、
ユキちゃんにも、いろんなことが、あるのかもしれません。
間違いなく、ユキちゃんには、私より多くのものが、見えているのでしょうし。

ユキちゃんは、片手で顔を覆い隠して、うつむいています。
長考です。部活でも、こんなに長く考えてるのは、見たことがありません。
麻雀では、考える時間が長すぎるのは、マナー違反だからかもですが。

私は、ユキちゃんが話し始めるのを、ただ、じっと、待っています。

68 :むい~ん 2014/06/30(月) 01:44:30 ID:rDdr2Yww

何十秒か、それとも何分か、黙った後で、
ユキちゃんは、手を外して、顔を上げました。

由暉子「…やはり、これをまず申し上げないと、
後の話で辻褄が合わなくなってしまいそうですね。
できれば今日はまだ言わずにいたかったのですが……、止むを得ません」
何でしょう。ユキちゃんですら、言うのをためらうような、ことなんて。
どんな、ことなのでしょうか。

ユキちゃんは、私のほうに、向き直ります。
私の眼を、真っ直ぐ、見つめてきます。
由暉子「私は、成香先輩のことが、好きです」
……えっ?
69 :むい~ん 2014/06/30(月) 01:45:01 ID:rDdr2Yww

「好き」って、
こういうふうに、言うときの、「好き」って、

どういう、意味なんでしたっけ…?
由暉子「先輩のことを、誰よりも、愛しています。先輩のことが、とても、愛しいです。
先輩と、ぜひ、恋人どうしとして、お付き合い、させて頂きたいです」
言葉が出なくて、そのままでいたら、ちゃんと、説明してくれました。
普段の、流れるような話し方とは、違って、ゆっくり、少しずつ区切って。

でも、理解が、全然追いつきません。
ユキちゃんが、私のことを、好き?

それを聞いた私は、どうしたら、いいのでしょうか?

ユキちゃんは、顔が真っ赤です。お風呂から上がった後よりも、もっと赤く。
私も、もしかしたら、同じ状態かも、しれません。

70 :むい~ん 2014/06/30(月) 01:45:30 ID:rDdr2Yww

いつもクールな、ユキちゃん。
揺杏ちゃんの作った、恥ずかしい服を着せられても、平然としてる、ユキちゃん。
そのユキちゃんが、緊張というか、恥ずかしそうに、しています。

こんなユキちゃんを見るのは、初めてです。
冗談とかじゃ、ないみたいです。
成香「……えっ、えっと、あの…、」

由暉子「…すいません。成香先輩は、今はお答え頂かなくて大丈夫です。
これを、申し上げないと、話が先に進まないので、告白しただけですから」

成香「…後で…いいんですか?」

由暉子「できれば、後でお返事を頂けると有難いですが、頂かなくても全然大丈夫です。
今の時点でのお答えは、わかっていますので」

成香「???」

私が、なんて答えるかも、ユキちゃんには、わかってるんですか…?
なんて答えたら、いいかなんて、私は、自分でもまだ、わからないのに…。
由暉子「えっと、一応、私の気持ちを知って頂いたということで、先に進みますね」

パソコンの強制再起動みたいに、ユキちゃんは、
話し方を、無理やりいつも通りに戻して、話を、続けていきます。

71 :むい~ん 2014/06/30(月) 01:46:01 ID:rDdr2Yww
───以下、由暉子視点───
72 :むい~ん 2014/06/30(月) 01:46:30 ID:rDdr2Yww

まず、私が麻雀部に入ったときのことからお話ししなくてはなりません。
爽先輩に入部の動機を訊かれた際に、中学でも麻雀部だったからとお答えしましたが、
あれは、嘘です。私は中学では聖書研究会でした。論文を学会誌に載せて頂いたこともあります。
もちろん麻雀のルールなどは常識として知ってはいましたけれど。

先輩もご存知のように私は聖書マニアですので、本当はそういった系統の研究サークルに入るつもりでした。
でも、ある日の朝、校門のところで麻雀部のチラシを一人で配っておられた成香先輩を見て、
私は、この方と一緒の部活に入りたいと、この方のものになりたいと、強く思ったのです。
いわゆる“一目惚れ”です。

理由ですか? ああ、先輩はやはりご自分ではお気付きでないのですね。
成香先輩は超絶かわいいんです。“小動物系”という言葉はご存知ではありませんか?
身長も私より高い年上の先輩にそのようなことを申し上げるのは失礼かもしれませんが、事実ですから。
それに、お話させて頂くようになってすぐわかったのですが、
先輩は、とっても純粋な方です。ピュアピュアです。
邪(よこしま)な考えの多い私は、私にないものを持っていらっしゃる先輩に、更に強く惹かれたのです。

ですが、麻雀部に入れて頂いて、私はやがて気付きました。
私の成香先輩への想いは、きっと成就しないだろうと。
成香先輩には、誓子先輩がいらっしゃったからです。

それでも、こんなに可愛くて保護欲をそそられる先輩と一緒にいられる、
しかもどうやら一年生は私しか入らなさそうで、私が成香先輩にとって唯一の後輩になる。
これは、私にとっては極めて幸せなことでした。

73 :むい~ん 2014/06/30(月) 01:47:01 ID:rDdr2Yww

私が麻雀がとても強かった、というのは、単なる偶然でしかありません。
今から振り返ると、私がもう少し弱くて、夏のインハイでも準決勝までで敗退していればとさえ思います。
そうなっていれば、誓子先輩と松実宥さんに接点もできなくて、
今こうして成香先輩に辛い思いをさせてしまうことも、無かったかも知れないのですから。

それで、インハイ以前の話に戻りますと、
成香先輩はご自分の気持ちにお気付きでないようでしたし、
誓子先輩にとっても、成香先輩は普通の後輩および友達でしかなかったようでしたので、
私は、とりあえずそのまま静観していました。

一つには、成香先輩をご自分の気持ちに気付かせて、誓子先輩と恋人どうしになれるようにして、
成香先輩にこのまま幸せになっていただく選択肢。
もう一つは、成香先輩をご自分の気持ちに気付かせないまま、私がアタックして、
そのまま私と恋人になっていただく選択肢。

当時の私にはこの二つの選択肢があったわけですが、私はどちらもとれずに迷っていました。
前者は成香先輩を誓子先輩に取られる形になるので、私自身がその寂しさに耐えられるかどうか不明なこと。
後者は成香先輩を騙すような形になるので、私自身はその良心の呵責に耐えられるのか、
そもそも相手を騙して恋人にするようなことが人間として許されるのか、といった疑問に答えが出ないこと。

私はただの聖書マニアであってクリスチャンではありませんが、
それでも、人倫に大きくもとる行為にはなかなか踏み切れなかったのです。

74 :むい~ん 2014/06/30(月) 01:47:30 ID:rDdr2Yww

そういうわけですから、誓子先輩が奈良に引っ越してしまうと聞いたときには、
私は喜ぶべきか悲しむべきか複雑な気持ちでした。

誓子先輩は私の立場からですと言わば恋敵(こいがたき)なわけで、
最大のライバルがいなくなるという点では喜ばしいのですが、
そういうこととは別に、仲良くして頂いた先輩がいなくなってしまうのはやはり寂しいですし、
何より、成香先輩が誓子先輩に何も伝えないまま、何も区切りのつかないままいなくなってしまわれては、
成香先輩が誓子先輩にずっと未練を残し続けることは確実であるように思えたからでもあります。

果たして、予想したとおり成香先輩はずっと誓子先輩のことを想いっぱなしでした。
誓子先輩がいなくなる前に何か区切りでもあれば、時間の経過がそれを解決してくれたかも知れませんが、
何もなかったのですから、ずっとそのままなのは道理といえます。

やはり誓子先輩がいなくなる前に、成香先輩にはご自分の気持ちに気付いて頂いて、
たとえ結果がどうなろうと、そのまま告白して頂くべきだったと、私は今も悔やんでいます。
自分が寂しくなるのが怖い、という理由だけで、結果的に重大な事態を招いてしまったのですから…。

75 :むい~ん 2014/06/30(月) 01:48:01 ID:rDdr2Yww

冬休みが近づいて、成香先輩が、奈良に連れて行ってほしいと頼んでいらしたとき、私はとても悩みました。
まず単純に、先輩と二人きりでの旅行というものに憧れたこと。
奈良の、しかも吉野となれば、ここからは最速でも十数時間かかります。
となれば最低でも一泊以上、普通に考えたら二泊以上の行程になるわけです。
大好きな先輩とお泊り旅行、しかも行程は私が全て決められる…。
まさに妄想全開ワンダーランドです。

しかし反面、奈良に行くのは誓子先輩に会って現況を知ることが最大の目的なわけですから、
成香先輩が自分の気持ちに気付いたり、
あるいは誓子先輩が成香先輩の気持ちに気付いたりすることも考えられるわけで、
そういった事態が起きた際に、自分が果たしてどのような行動をとってしまうかもわかりません。

加えて、松実宥さんの存在もあります。
成香先輩は、誓子先輩とのメールを何度か見せて下さりましたよね?
先輩はお気付きでなかったようですが、あれらのメールには相当量の惚気(のろけ)が含まれていましたので、
私は、誓子先輩と松実宥さんが、恋人どうしになっている可能性もあるのではないかと推測しました。

仮にこの推測が事実ですと、成香先輩は失恋ということになってしまうかも知れません。
そして、このことが確定した場合における私の行動、というのもやはり未知数でした。
今年施行されたばかりのiPS法で姉妹になってしまっている、というのは流石に予想外でしたが…。

これらのことから、やはり自分はご一緒しないほうが、大局的には安全ではないかと思ったのです。
千何百キロも離れていれば、私が何かの拍子に暴走しても、成香先輩には害が及びづらいでしょう。
「お一人で行かれたほうが、誓子先輩を独り占めできて良いのではないでしょうか?」
なんて変なことを申し上げてしまい、本当に申し訳ありませんでした。

76 :むい~ん 2014/06/30(月) 01:48:31 ID:rDdr2Yww

飛行機を使えば十数時間で行けるところを、
トワイライトで丸一日近くかけて行って頂いたのも、単なる安全上の問題です。
ここから新千歳に行くだけなら大したことはありませんが、
伊丹なり関空なりから吉野まで一人で行くのは、失礼ながら成香先輩には難しいように思われましたし、
誓子先輩に迎えに行って頂くにしても、伊丹や関空では少々遠すぎるからです。
一人のお客さんのために空港まで迎えの車を出すのも、台数が少ないので難しいとのことでした。

新幹線は東京での乗換えが難しいですし、どこかで遅れると当日中に吉野まで行けなくなる惧れもあります。
そうなると、できるだけ乗換えが少なく、遅れがあった際のリスクも少ない経路ということで、
多少時間が掛かっても、洞爺から大阪まで乗り換え無しで行けるトワイライトが最善だろうと考えたのです。
幸い旅行会社のほうに知り合いがおりますので個室寝台も確保できますし、
大阪駅くらいでしたら吉野からでも近鉄とJRで迎えに行って頂けるだろうと。
日程を決める段階で、既に誓子先輩にはご相談していました。
まず松実館に空室がないといけませんし、大阪駅まで迎えに行って頂く必要もありますし、
トワイライトは運転しない日もあるので、それも考えなくてはいけません。

もちろんその相談の際、成香先輩の気持ちを誓子先輩に言ったりなんかはしていません。
こんな重大なこと、電話で言っただけでは簡単には信じて頂けないでしょうし、
それ以前に、私が成香先輩本人よりも先にそれを言ってしまうのはダメだと思ったからです。

ただ、誓子先輩の現況をもっと詳しくお訊ねしておくべきだったとは思います。
もちろん、誓子先輩は成香先輩をびっくりさせようとも思っていたわけでしょうから、
私が詳しく訊こうとしても明かして頂けなかった可能性は高いですが。

77 :むい~ん 2014/06/30(月) 01:49:00 ID:rDdr2Yww

それで、少し順番が前後しますが、帰りの大阪駅での話です。
誓子先輩は泣いて、「ゆるして」と仰ったのですよね。
それはやはり、
「成香先輩の気持ちに自分(誓子先輩)が気付いてあげられなかったこと」と、
「気付かないままに自分が松実宥さんとiPS姉妹になってしまったこと」の
二つの点について赦しを乞うておられたのではないかと思います。
まず、成香先輩が奈良に着いた一日目。
誓子先輩が松実宥さんとiPS姉妹になったことを告げて、成香先輩が気絶してしまわれたこと。
この際に、まず松実さんが、成香先輩の気持ちにお気付きになったと思うのです。
と言いますのは、松実館では以前既に同じようなことが一度起きていたからです。

インハイの決勝で対局した、東京の白糸台高校の、次鋒の弘世菫さんという方は憶えておられますか?
ええ、そうです。あの、対局室に弓矢を持ち込もうとしてトラブルになりかかった方です。
あの弘世さんという方は、松実さんのことがお好きになってしまわれたようで、
インハイの後、何度か松実館に泊まりに行っていたそうなのですね。

それで、誓子先輩があちらに引っ越して、松実さんと恋人どうしになられた後、
最初に弘世さんが泊まりに来られた際、松実さんは当然誓子先輩とのことを説明したわけですが、
それを聞いた弘世さんは、ショックのためか気絶してしまわれたのです。
そして、しばらく経ってから息を吹き返した後、一応松実さんに告白してちゃんと玉砕したんですね。

ちなみに、このことは大星淡さんがツイッターに書いておられたのでわかりました。
ええ、白糸台の、雑誌にキスシーンが載っていた大将の方です。
表現が曖昧で、誓子先輩たちがiPS姉妹であるという所までは読み取れなかったのですが、
誓子先輩のメールに以前あった“気絶したお客さん”についての描写とも一致しますので、
概ね、いま申し上げたとおりの出来事があったとみていいと思います。

78 :むい~ん 2014/06/30(月) 01:49:31 ID:rDdr2Yww

…で、このような前例があったわけですから、
成香先輩が気絶したのを見て、松実さんは、弘世さんの時のことを思い出したはずです。
その後何時間か、誓子先輩も松実さんも成香先輩の前に来なかったのは、
たぶん色々と相談しておられたのでしょう。

松実さんは誓子先輩に、成香先輩が誓子先輩のことを好きなのではないかと訊ねたことでしょう。
誓子先輩は全くお気付きでなかったわけですから、たぶん最初は半信半疑だったでしょう。
本当はお仕事の予定だったのに、松実さん姉妹がお二人とも、誓子先輩に休むよう言ったのも、
わざわざ訪ねて来られたお客様である成香先輩への配慮というだけでなく、
誓子先輩に、成香先輩とのことにちゃんと区切りをつけてほしかったというのもあるのでしょう。

ただ、弘世さんと成香先輩とで違うのは、成香先輩がご自分の気持ちに気付いておられなかったこと。
成香先輩が「もっとずっと、ちかちゃんと一緒にいたかった」と仰ったときに、
“成香先輩が自分のことを好きで、かつ、成香先輩自身はそのことに気付いていない”と、
誓子先輩は初めてはっきり認識したのではないかと思います。
それで、「なるか…、(気付いてあげられなくて/勝手に宥と姉妹になっちゃって)ごめんね」
という言葉が出たのではないでしょうか。

大阪駅で、泣いて赦しを乞われたのも、おそらく同じことです。
二日間、成香先輩と一緒にいる間に、誓子先輩ご自身の中で後悔が積み重なって、
それが限界に達して、泣いてしまわれたのでしょう。

79 :むい~ん 2014/06/30(月) 01:50:00 ID:rDdr2Yww

先ほども申し上げたように、このような展開は、私の心持ち次第で如何ようにも防げたはずなのです。

四月以降、成香先輩のことを最もよく見ていたのは、間違いなく私です。
だから、誓子先輩がいなくなる前に、成香先輩にご自分の気持ちに気付いて頂く手は、
その気になれば、いくらでもあったはずなのです。
誓子先輩の引っ越しよりも以前の時点であれば、お二人を恋人どうしにすることさえ、
充分可能だったと思うのです。
…にも関わらず、私がそういった行動を全くしなかったのは、
全て、私の心が弱かった、自分が寂しくなるのが怖かったせいです。
本当に、申し訳ありませんでした……。

80 :むい~ん 2014/06/30(月) 01:53:01 ID:rDdr2Yww
───以下、成香視点───
81 :むい~ん 2014/06/30(月) 01:53:31 ID:rDdr2Yww

……そう言って、ユキちゃんは、私に頭を下げました。
今日だけで、もう何回目か、わかりません。

謝らないで、って言っても、全然聞いてくれないので、
それは、ひとまず、おいておくことにします。
私は、鈍感です。頭も、あんまりよくないです。
自分で、そのことは、ある程度、わかってるつもりでした。
でも、全然、わかってなかった、みたいです。
こんなに近くにいる子が、私のことを好きだったのに、気付かなかった。

自分が、ちかちゃんのことを、どう思っていたのかも、気付かなかった。

ちかちゃんが、あんなに泣いて、何を謝っていたのかさえ、気付かなかった。

鈍感すぎです。
もっと早く、いろんなことに気付いていれば、違った未来に、なれたのでしょうか。

82 :むい~ん 2014/06/30(月) 01:54:01 ID:rDdr2Yww

私は、頭がよくないです。
ここまで丁寧に説明されたら、さすがに、自分で気付くことも、ありますけど、
でも、頭のいい人に、確認しないと、いけない気もします。

成香「……私は、ちかちゃんのことが、好きだったんですね……」

好きだから、卒業したら一緒のところで、働きたいと、思ったのです。
好きだから、いなくなって寂しいと、思ったのです。
好きだから、わざわざ奈良まで、会いに行っちゃったのです。
好きだから、松実さんに、嫉妬したのです。
好きだから、ずっと、一緒にいたいと、思ったのです。

好きだから、……

由暉子「…過去形ではないと思います。
成香先輩は、誓子先輩のことが好き“だった”のではなく、
今もまだ、好きなままなのではないでしょうか?」
私は、ゆっくりと、うなずきます。
たぶん、その通りです。

83 :むい~ん 2014/06/30(月) 01:54:30 ID:rDdr2Yww

でも、どうしたらいいのでしょう。

誰かを、こんなふうに、好きになるのは、初めてです。

たぶん、とても長い間、私は、自分がちかちゃんを好きだと、気付いてなかったのですから、
もしかしたら、これが初めてではなくて、
自分で気付かないうちに、終わっていたことも、あるのかもですけど。

誰かを好きになった、って、自分で自覚したのは、たぶん、初めてです。
周りの友達とかと、“こいばな”をしたことは、一応、あります。
でも、そういうときの私は、ただ、友達の話を、聞いてるだけでした。
AさんとBさんが、“こいばな”をしてるのを、近くで、耳に入れてるだけ、みたいな。

「恋」というもの自体、まだ、よくわかってないのかも、しれません。
「こういう話は、本内さんにはまだ早いのかも」って、言われたことも、あった気がします。

84 :むい~ん 2014/06/30(月) 01:55:01 ID:rDdr2Yww

……あれ?

私は、ちかちゃんのことが、好き。
でも、ちかちゃんには、もう、松実さんがいます。

これって、もしかして、「失恋」じゃないですか?
……眼から、涙が、出てきてます。
成香「……私、気付かないうちに、失恋、しちゃってたん、ですね…」
好きだって、気付いて、
すぐ、失恋したって、気付く。

いくらなんでも、早く終わりすぎです……。

由暉子「…失恋ですか? まだ、そうと決まってはいないように思いますが」
85 :むい~ん 2014/06/30(月) 01:55:30 ID:rDdr2Yww

成香「……え? だって、ちかちゃんには、もう、松実さんが……」

由暉子「……私が好きで好きでたまらない成香先輩という方は、
私が四月に出会うよりもずっと以前から、誓子先輩という方が好きだったわけです。
ですので、仮にこれを知った時点で私が成香先輩のことを諦めていたとすれば、
その場合においては、私は「失恋した」といえるでしょう」

成香「…………」

由暉子「ですが、実際のところ私は、失恋したなどとは全く思っていません。
失恋というのは、当人が完全に諦めた状態、即ち「恋」が「失われた」状態をさすものであって、
私がまだ成香先輩のことを好きで好きで大好きなままである以上、
私は決して失恋してはいないのです」

由暉子「たとえ成香先輩が誓子先輩のことを好きで、今後もし誓子先輩と恋人や姉妹になったとしても、
私がずっと先輩のことを好きでいる限り、「真屋由暉子が失恋した」とは誰にもみなせないのです。
実際、そうやって過ごしていたおかげで、
私は物理的距離という面からはかなり有利になったともいえるわけですし」

86 :むい~ん 2014/06/30(月) 01:56:01 ID:rDdr2Yww

ユキちゃんは、私のことが、好き。
私は、ちかちゃんのことが、好き。
でも、ユキちゃんは、失恋したわけじゃ、ない…。
由暉子「成香先輩も、同じです。
誓子先輩のことを完全に諦めたのでしたら、それは確かに失恋といえるかと思いますが、
成香先輩は、今日、つい先ほどご自分の気持ちに気付いたばかりです。
それで、何もしないまますぐに、諦めると決めてしまう道理はありません」

由暉子「まずは、今後どうしたいかを、少し考えてみるのが良いのではないでしょうか。
失恋した、と確定させるのは、それからでも遅くないはずです」
私が、どう、したいか…。

87 :むい~ん 2014/06/30(月) 01:56:31 ID:rDdr2Yww

成香「……私は、どうしたら、いいんでしょう……」

由暉子「どうしたら、ですか。そうですね……。
私の個人的な希望も含めて申し上げますと、もう成香先輩には誓子先輩のことを諦めて頂いて、
失恋したということにして、ついでにそのまま私を受け容れて頂くのが一番簡単ですね」

成香「え」

由暉子「私にお任せ頂ければ、成香先輩が誓子先輩のことを忘れて、
先輩には私だけいればいい状態となるよう、全身全霊をかけて努めさせて頂きます。
この場合、先輩は特に何もして頂く必要はありません。何でしたら今すぐにでも」

成香「……そ、それは」

由暉子「……そうです。これはとても簡単ですけれど、おそらく根本的な解決にはなりません。
これだけですと、成香先輩に誓子先輩のことを完全に吹っ切って頂くのは難しいでしょう。
ということは、私にとってもベストな案ではないということです」

成香「…………」

由暉子「私にとってベストなのは、成香先輩が誓子先輩のことを完全に吹っ切った上で、
私とお付き合いして下さることです。
つまり、先輩には、誓子先輩のことを吹っ切って頂く必要があります」

成香「吹っ切る、って…?」

88 :むい~ん 2014/06/30(月) 01:57:10 ID:rDdr2Yww

由暉子「未練を断つ、と言い換えてもいいでしょうか。
要するにですね、誓子先輩にちゃんと告白して、ちゃんとはっきり振られて頂きたいということです」

成香「…………」

由暉子「つい先ほどまで、成香先輩はご自分の気持ちにはお気付きでなかった。
ですから、順序としましても、気付いた次には告白して頂くのが妥当です」

成香「……でも、告白なんてしたら、ちかちゃんは…」

由暉子「当然、誓子先輩は相当に思い悩むことになると思います。
何といっても既に松実宥さんというお嫁さんがいるわけですし、
お仕事との絡みや、iPS法のこともありますから、
簡単に成香先輩を受け容れることなんてもちろんできません」

由暉子「かといって、誓子先輩の性格では、一思いにずばっと振ることも難しいでしょう。
最も親しい友人の一人が、長い間ずっと自分のことを想っていたわけですから」

成香「……そうですよね。じゃあ、やっぱり、言わないほうが…」
由暉子「違います!!!」
89 :むい~ん 2014/06/30(月) 01:57:41 ID:rDdr2Yww

……びっくりしました。

ユキちゃんの、こんなに大きな、怒ったような声を聞くのも、
たぶん、初めてです。
由暉子「それでも、それであっても、成香先輩は誓子先輩に告白すべきです!
誓子先輩は、私たちの誰にも、成香先輩にすら一言も相談せずに、遠くへ行ってしまわれたんです。
それで、成香先輩に重大な精神的負担を与えて、それが私にも波及しているわけです。
爽先輩や揺杏先輩はあまり口には出されませんが、あのお二人も相応に寂しさを感じておられるはずです。
そういったことを思えば! 誓子先輩にも存分に思い悩んで頂いたって良いではありませんか!!」
ユキちゃん……、怒ってる……。
息が、とっても、荒いです。

ちょっと、いえ、かなり、気圧されてしまいます。
大きな声を、近くで出されると、私は、それだけでびっくりして、縮こまってしまうのです。
何十秒かの間、ユキちゃんは、黙ったまま、深呼吸したりして、息を落ち着けようと、していました。
私は、ただ、それを、じっと見てることしか、できません……。

90 :むい~ん 2014/06/30(月) 01:58:10 ID:rDdr2Yww

由暉子「……怒鳴ったりして申し訳ありません。取り乱してしまいました」

成香「あ……、えっと……」

由暉子「ああ、怖がってらっしゃる成香先輩も超絶かわいいです。まさに現代のコロポックル」

成香「え」

次の瞬間、私の視界は、何か、白くて柔らかいもので、覆われました。
これは…、たぶん、白いのは、ユキちゃんの服で、柔らかいのは、おっぱいです。
頭の後ろに、手を回された、感じもします。撫でてくれてる、みたいです。

私の頭を、両腕で抱えて、胸元に、ぎゅっと押し付けてる、ユキちゃん。
ちょっと、気持ちいい気もしますが、鼻や口が、押さえられてて、息が…。
由暉子「……この格好のままで、話を続けさせて頂いても、宜しいですか?」

成香「……えっと、ちょ、ちょっと、息が、苦し……」

由暉子「…………」

ユキちゃんは、何も言わずに、すっ、と、腕の力を、抜いてくれました。
私は、身体を少し離して、元通りに、ユキちゃんの隣に、座り直します。

91 :むい~ん 2014/06/30(月) 01:58:41 ID:rDdr2Yww

由暉子「……ええと、どこまでお話ししましたでしょうか」

成香「えっ、えっと…、私は、ちかちゃんに、告白したほうがいい、って」

由暉子「そうですね。その通りです」
あ、今のは。

…何か、言わされた、感じです。
私に、いろんなことを、ちゃんと、把握させるために。
由暉子「告白して、振られることにより、吹っ切って頂きたい、と申し上げました。
勿論どうしてもお嫌でしたら、私は何も強制できませんが、
私のことはひとまず放置して頂くとしても、誓子先輩に告白なさらないままでは、
成香先輩は、いつまでもずっと誓子先輩のことを引きずり続けることになると思います」

成香「…………」

由暉子「それにですね、必ず振られると決まったわけではありません」

成香「…えっ?」

92 :むい~ん 2014/06/30(月) 01:59:11 ID:rDdr2Yww

由暉子「まず、iPS法の規定はあくまでも“婚姻”とか“結婚”ではなく“姉妹”ということになっています。
ですから、たとえ実際のところは同性婚であろうと、iPS姉妹になった方が他に同性の恋人を作っても、
その相手と更にiPS姉妹になる──つまり重婚をしようとしない限りは、決して違法ではありません。
もちろん倫理的な意味ではあまり褒められたことではないのでしょうが」

成香「…………」

由暉子「つまり、生殖などを求めず、ただ一緒にいたいというだけであれば、法的には何の問題もないので、
誓子先輩や松実宥さんが成香先輩を受け容れる可能性もあるということです」

成香「……ちかちゃんと、ずっと一緒にいても、捕まったりしないんですか…?」

由暉子「そうです。ちなみに、この「生殖」といいますのも、文字通り子どもを作ることのみを指しますので、
妊娠の可能性のない性行為、つまり女性どうしの場合であれば殆ど、どんな行為でもiPS法には触れません。
ですから、たとえば成香先輩が誓子先輩と性的な行為をしても、
それだけではiPS法違反にはならないということです。
もちろん強要や暴力などを伴った場合は、刑法のほうで普通に罰せられてしまいますが」

成香「……ちかちゃんと、私が、そういうことをしても…」

由暉子「してもいいんです。それにですね、そもそも、この“一姉一妹制”と呼ばれる規定自体が、
倫理的な理由ではなく、単なる技術的な制約によって設けられたものだそうでして、
将来的に廃止もしくは緩和する可能性についての議論が、現在既にiPS委員会で行われているようです。
これは、姉妹関係の解消について定めた条項が無いことについても同様です」

93 :むい~ん 2014/06/30(月) 01:59:40 ID:rDdr2Yww

由暉子「つまり、もしそうなれば、成香先輩は松実家の四人目の姉妹になれるかも知れませんし、
あるいは、誓子先輩が松実宥さんと別れて成香先輩と姉妹になる、とか、
更には、松実家に成香先輩だけでなく私も連なって五人姉妹になる、ということさえ考えられるわけです」

成香「……ちかちゃんと、姉妹に、なれる…」

由暉子「ええ。姉妹とはいいますが、実質的にはお嫁さんですね。
ただ、誓子先輩たちがこのあたりの法解釈や動向などを正確にご存知かどうかはわかりませんので、
なるべく早いうちに、私のほうから探りを入れるなりお教えするなりしようと思います」

由暉子「ですから、告白する場合でも今日すぐにではなく、
私がいいとお知らせするまで、一日か二日くらいはお待ち下さい」

成香「……すぐなんて、たぶん無理です」

由暉子「そうですね。何日でもお考えになっていいと思います。
私で宜しければ、いくらでも相談に乗らせて頂きますから」
成香「……ありがとう、ユキちゃん」

由暉子「……どういたしまして。大好きな先輩のためですから」

94 :むい~ん 2014/06/30(月) 02:00:11 ID:rDdr2Yww
いつの間にか、外はもう、薄暗くなっていました。
お母さんから、なるべく夕食までには帰って来るように、って、メールが来ていたので、
私は、ユキちゃんに、バス停まで送ってもらって、そこから自分の家までは、一人で、帰りました。
四日ぶりの、我が家。
今までにも、何日か家から離れてたことは、あります。インハイとか、修学旅行とか。
でも、今回は何だか、とっても長い間、離れてたような気がします。
いろいろ、ありすぎたからでしょうか。

四日ぶりに会う、お母さんとお父さん。全然、変わっていません。
食事をしながら、いろんなことを、訊かれました。
ちかちゃんのことも、駅で泣いたりしたこと以外は、話しました。
本内父「その、iPS姉妹というのは、結婚みたいなものなんだろう?
桧森さんは成香と一つしか違わないのに、随分と進んでるんだなあ」

本内母「でも、成香を置いて先に結婚しちゃうなんて、誓子ちゃんもちょっとひどいわねえ。
iPS法の話を聞いたときは、てっきり成香は誓子ちゃんとそうなるんだろうって思ったのに」

成香「えっ」

95 :むい~ん 2014/06/30(月) 02:00:40 ID:rDdr2Yww

本内父「そうだな。十八で結婚というのはさすがに早すぎるが、
あの子なら、いずれは成香を任せてもいいと思ったのは確かだ」

本内母「成香は、誓子ちゃんの他には、誰かいい人はいないの?」

成香「えっ、えっと、いい人っていうのは…?」

本内母「好きな人とか、恋人とか、そのiPS姉妹?になれそうな人とかよ」

成香「…………い、いないです……」
ちかちゃんの他に、と聞いて、頭には、ユキちゃんのことが浮かびました。
でも、それはまだ、話すことじゃない、気がします。
ユキちゃんには、何の返事も、してませんし。

というか、もしかして、お母さんもお父さんも、
私が、ちかちゃんのことを好きだって、前から、気付いてたんでしょうか。
もしそうなら、もうちょっと、早く教えてほしかったです。

96 :むい~ん 2014/06/30(月) 02:01:11 ID:rDdr2Yww

食事を終えて、旅行の荷物を片付けて、お風呂を沸かしてくれてたので、また入って。

私は、自分の部屋で、一人きりになって、ベッドに寝そべります。

状況は、何もかも、ユキちゃんが整理してくれました。
けど、一応、改めて、声に出して、確認してみます。
成香「……私は、ちかちゃんのことが、好き」
成香「……ユキちゃんは、私のことが、好き」
成香「……ユキちゃんは、私に、告白してくれた」
成香「……私に、ちかちゃんに告白するように、って、言ってくれた」
成香「…………私は、ちかちゃんに……、告白、する?」
97 :むい~ん 2014/06/30(月) 02:01:40 ID:rDdr2Yww

告白って、どうやって、すればいいのか、
それも、今日までは、よくわかっていませんでした。

でも、今日、ユキちゃんが、お手本を見せてくれたので、
たぶん、何度も練習すれば、できるようになるでしょう。
というか、ならないと、いけません。
……そうです。
私、今日、生まれて初めて、告白されたんですよね。
美人で、頭が良くて、とっても頼りになる、後輩の女の子に。
あれ?
その後輩の子に、何も返事しないで、
他の人のことを、考えてるのって、いいんでしょうか?
成香「……ユキちゃんには、なんて、返事する?」
確か、ユキちゃんは、返事はしなくても大丈夫だって、言ってました。
でも、それに、甘えてしまって、いいんでしょうか?

98 :むい~ん 2014/06/30(月) 02:02:11 ID:rDdr2Yww

と、携帯のランプが、光りました。メールです。

開いてみると、ユキちゃんからでした。
『今日は、色々と一方的にお話ししてしまい、申し訳ありませんでした。
ですが、一応お知らせしておきたいことがありますので、メール致します。

まず、先ほど誓子先輩から私のほうに電話がありました。
成香先輩がちゃんと帰宅しているかどうかとのお問い合わせです。
私からは、帰宅の確認はできているとだけお伝えしてあります。

私との会話では、普段と変わらない様子を装おうとしているように見受けられました。
が、おそらく今はまだ、誓子先輩の中で、成香先輩のことについて結論が出ておらず、
それ故に、自分から直接は成香先輩に連絡し辛かったのではないかと思います。

それと、もう一つ。
成香先輩は、今は、誓子先輩に告白するかどうかだけを考えて下さい。
私のことや、私にどう返事するかなどを考える必要は、全くありません。
それは、今は後回しにして下さい。
後回しにすることが私のためになると思って頂いても結構です。
勿論、このメールへの返信も、して頂かなくて大丈夫です。

夜分遅く失礼致しました。おやすみなさいませ。
明日もよい日でありますように。』

99 :むい~ん 2014/06/30(月) 02:02:41 ID:rDdr2Yww

……ユキちゃんは、エスパーなのでしょうか。
私の考えることくらい、全部、お見通しという感じです。
後輩に、こんな気遣いまでさせて、私は、なんて、ダメな先輩なんでしょうか。
こっちが申し訳ないです。いつか、ちゃんと謝らないと、いけません。
ちかちゃんは、私が家に着いたかどうか、心配してくれたんですね。
考えてみたら、電車の遅れとか、ユキちゃんちに寄ったりとかが、なければ、
今朝のうちには、もう帰ってきていた、はずなのです。
あれ。
でも、夜まで、電話してこなかった、ということは、
実は、そんなに心配してない……?
……いえ、たぶん、お仕事とかの都合ですね。
ちかちゃんは、私のために、二日間休んでくれたんですから、
きっと、その分、余計に働いて、いるんでしょう。

100 :むい~ん 2014/06/30(月) 02:03:10 ID:rDdr2Yww

私は、ちかちゃんのことを、考えます。
ちかちゃんのことを、思い浮かべます。
ちかちゃんのことが、大好きです。
練習、して、みましょう。
成香「……私は、ちかちゃんのことが、大好きです」
ちかちゃんが、目の前に、いるつもりで、もう一度。
成香「私は、ちかちゃんのことが、大好きです」

101 :むい~ん 2014/06/30(月) 02:03:41 ID:rDdr2Yww

ちかちゃんは、驚いたり、泣いたりするかもしれません。
あの、駅のときみたいに。
そんな状況でも、つっかえないで、言えるように、
練習しないと、いけませんね。

成香「私は、ちかちゃんのことが、大好きです」
成香「私は、ちかちゃんのことが、大好きです」
成香「私は、ちかちゃんのことが、大好きです」
成香「私は、ちかちゃんのことが、大好きです」
成香「私は、ちかちゃんのことが、大好きです」
成香「私は、ちかちゃんのことが…………

102 :むい~ん 2014/06/30(月) 02:04:10 ID:rDdr2Yww

おやすみなさい。
大好きな、ちかちゃん……。
─Fin─

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