【宮永照SS】菫「松実に甘えたい」

1 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2013/01/30(水) 18:02:46.18 ID:Zb1uBPdw0

――十月、都内の或るファミレスにて

菫「」カキカキ

照「ね、菫。ここ分かんないんだけど」

菫「ん?ここは……」

菫「……ってことだ。わかったか?」

照「うん、ありがと」

菫「」カキカキ
照「」サラサラ

菫「……ん」

照「そろそろ休む?」

菫「あと一問……」

照「わかった」
2 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2013/01/30(水) 18:03:31.01 ID:Zb1uBPdw0



菫「お待たせ。少し休憩するか」

照「うん」

菫「飲み物取ってくる。何がいい?」

照「ありがと。コーヒーで」

菫「ブラックだよな」

照「うん」

コトッ

照「ありがと」

菫「ああ」

3 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2013/01/30(水) 18:04:12.98 ID:Zb1uBPdw0

照「菫もブラックなんだ。飲めるようになったの?」

菫「別にそういうわけじゃないが、気紛れに」

照「そう」

ズズ……

菫「はあ……」

照「やっぱ飲めないんじゃん」

菫「このため息はまた別の」

照「ああそう。何?」

菫「何でもない」

照「意味わかんない」

菫「そうだな」

4 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2013/01/30(水) 18:04:55.46 ID:Zb1uBPdw0

照「菫らしくない。ちゃんと言って」

菫「別にどうでもいいだろ」

照「言いたくないなら良いけど私が聞きたい」

菫「どっちだよ」

照「じゃあ言って」

菫「お前に言える内容じゃない」

照「素直すぎる」

菫「オブラートに包めと?」

照「誤魔化すとか他にも色々あるでしょ」

菫「まあな」

照「はあ……」

菫「斯く言うお前のため息は何だよ」

5 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2013/01/30(水) 18:05:28.32 ID:Zb1uBPdw0

照「菫が話してくれないことについて」

菫「あっそ」

照「はあ……」

菫「鬱陶しいな」

照「じゃあ話して」

菫「恥ずかしい」

照「私たち親友でしょ」

菫「親友にも話せない」

照「じゃあ親友じゃない」

菫「破綻してる」

照「知ってる」

菫「何なんだよ」

6 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2013/01/30(水) 18:06:01.82 ID:Zb1uBPdw0

照「こっちの台詞。言いなよ」

菫「……松実に会いたい」

照「どっちの」

菫「姉の」

照「はい」

菫「言った」

照「どこが恥ずかしいの。詳しく言って」

菫「会って話したい」

照「何を」

菫「色んなこと」

7 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2013/01/30(水) 18:06:42.45 ID:Zb1uBPdw0

照「親友にも話せないような」

菫「そんなところだ」

照「どういう内容」

菫「それ言ったらおしまいだろ」

照「バレた」

菫「そうだな……お前は親友だ。特別な親友」

照「うん」

菫「でも親友だからこそできないこともあるだろ」

照「つまり?」

菫「松実に甘えたい」

照「なるほど」

8 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2013/01/30(水) 18:07:20.77 ID:Zb1uBPdw0

菫「追求すると抱き締めたい。耳とか甘噛みしたい。首なめずりたい。胸の中に顔を埋めたい。膝枕してもらいたい。お腹の上で寝てたい。10時間くらい抱き締めてもらいたい」

照「予想以上に変態だった」

菫「衝動的な言葉だけだから。実際は理性が働くさ」

照「なら会いに行けばいいのに」

菫「時間無いし。もう受験だ」

照「一日だけならいいでしょ」

菫「それもそうだが松実にも悪い。そもそも面識が殆どない」

照「そりゃそうか。でも行きなよ」

菫「どうしてそこまで」

照「最近ため息が多い」

菫「マジか」

9 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2013/01/30(水) 18:07:55.88 ID:Zb1uBPdw0

照「たかが一回程度で問い質さない」

菫「ブラック飲めないんじゃんとかで切り出したのは?」

照「話しやすくなるかなと思って」

菫「ふーん」

照「ま、行ってきなって」

菫「遠すぎ。行っても日帰りなら一時間くらいしかいれないだろ」

照「はあ……」Prrrr…

菫「?」

照「あ、首相ですか?はい……はい。誠に恐縮ですが明日ヘリを一機チャーターしていただけないでしょうか……はい。はい。そうですか、ありがとうございます」

菫「………」

10 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2013/01/30(水) 18:10:33.04 ID:Zb1uBPdw0

照「はい、それでは」プツッ

菫「お前凄いな」

照「というわけだから明日指定したヘリで会いに行って。連絡は頼んだ」

菫「酷いやり方だな」

照「見てらんない」

菫「そいつはどーも」

照「ちゃんと言ってきて。モヤモヤしてるのが一番駄目」

菫「……はい」

11 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2013/01/30(水) 18:11:08.89 ID:Zb1uBPdw0

――翌日、奈良

バタンッ

菫「お疲れ様です。帰る時はまた電話入れますので」

パイロット「はーい」

菫(まさか本当にヘリが用意されるとは……いったい何者なんだよあいつ)

菫(そういえばこの前小泉首相と対局したとか言ってたけど……接待麻雀でそんなに仲良くなるものなのか?)

菫(まあいい、松実館へ行くか……。緊張するな)

菫(そもそもインハイから会うどころか話さえしたことないんだぞ?)

菫(あいつが電話番号とか探してくれたから連絡できたものの、番号の交換すらもしてない)

菫(というかそもそもインハイでも会話とかしてない)

12 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2013/01/30(水) 18:11:47.55 ID:Zb1uBPdw0

菫(『麻雀で殴り合うことは心の会話だ』とか言われたけど、あいつに言われても全く説得力がない)

菫(そもそも私の場合パンチが全部かわされたから殴り合ってすらない)

菫(はあ……そんなこんなしている内に着いてしまった)

菫(時間は……まだ10分前か。あんまり早く行きすぎるのも何かがっついてるみたいで印象悪くするし)

菫(いやいやそうじゃない。早く行きすぎるのも相手に迷惑かけるだけだ、うん)

菫(……入って、松実が出てきて…何言えばいいんだろう?)

菫(まさかそのまま『甘えさせてください』なんて言えるわけないし。ドン引きされるのが目に見えてる)

菫(はあ……胃が痛い……どうしよう)

菫(うっ、もう3分前か。そろそろ行かないと……)

菫(はあ……。…………はあ)

13 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2013/01/30(水) 18:12:20.20 ID:Zb1uBPdw0

菫(……よし。入るか)

??「菫さん?」

菫「!」クルッ

??「あ、やっぱりだ。いらっしゃい」ペコリ

菫「えっと、妹の……」

玄「はい、玄です。おねーちゃんも待ってますよ。どうぞ入ってください」

菫「あ、ああ……」

ガラッ

玄「ただいま戻りましたー」

14 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2013/01/30(水) 18:13:09.37 ID:Zb1uBPdw0

玄「菫さん、こっちです」ギュッ

菫「っ」ドキッ

玄「菫さん?」

菫「ああ」

ガララッ

玄「おねーちゃん、ただいまー」

宥「お帰り玄ちゃん……と」

菫「ひ、久しぶり……松実」

宥「弘世さん、いらっしゃい。お久しぶりです」ニコッ

玄「じゃ、私は部屋に戻ってるからね。どうぞごゆっくり」

15 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2013/01/30(水) 18:13:39.46 ID:Zb1uBPdw0

菫「……久しぶり」

宥「それ二回目ですよ?」

菫「えっ……あ、ごめん」

宥「面白い方ですね」

菫「っ……」

菫(俯くな……って。顔上げて何とか話を……)

宥「遠路はるばるご苦労様でした。お疲れでしょう?」

菫「い、いや。今日はヘリで来たんだ」

宥「ヘリ……ですか?」

菫「ああ。照が何か手配してくれたみたいで……」

16 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2013/01/30(水) 18:14:31.75 ID:Zb1uBPdw0

宥「宮永さんって何者なんでしょう……」

菫「私にもよく分からない」

宥「ふふっ、そちらには面白い方多いんですね」

菫「変わってるって言った方がいいと思う」

宥「そうですか?弘世さんも変わってます?」

菫「私は『面白い』の方でいいよ」

宥「ですよね」クスッ

菫「」ドキッ

菫(はあ……やっぱり松実はかわいいな)

菫(ここまで会話も普通にできてるし、いい感じだよな)

17 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2013/01/30(水) 18:15:03.37 ID:Zb1uBPdw0

宥「……あの、弘世さん」

菫「何だ?」

宥「あの……」モジモジ

菫「?」

宥「わ、私に抱き締められたいとか膝枕されたいとか仰ってたようですけど……」//

菫「!?!?」

宥「昨日、弘世さんの後に宮永さんからも電話がかかってきて……」

宥「『菫がこうしてほしいって言ってたから』って……」

菫「」

宥「……本当ですか?」

菫「ほ……本当だけど少し違う!」

宥「?」

18 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2013/01/30(水) 18:16:04.13 ID:Zb1uBPdw0

菫「あれは何かその……突発的な欲求が口に出ただけだ。真面目にやろうと思ってたわけじゃなくて……」

宥「別にいいですよ?」

菫「えっ」

宥「抱き合ったり膝枕したりだとか……構わないですよ?」

菫(えええええっ!!??こ、これはチャンスか……!?)

菫(い、いやいや違うだろ!こんなまだ初対面近い間柄でやることじゃないだろ!)

菫「せ、折角だが断るよ。そういうことは恋人同士になってからやるべきだろう……?」

宥「えっ……恋人……?」

菫「あ」

宥「……えっと」

菫(しまった……つい口が……)

19 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2013/01/30(水) 18:16:34.97 ID:Zb1uBPdw0

菫(どうしよう、やっぱり引かれ――)

ギュッ

菫(!?)

宥「気にしませんよ、そんなこと」

菫「う……その……」

宥「宮永さんは、こうも言ってました」

菫「え?」

宥「『菫は甘えるのが下手だ』って」

菫「………」

20 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2013/01/30(水) 18:17:17.18 ID:Zb1uBPdw0

宥「『部長になってから、みんなの模範にならなくちゃいけなくなって、気が張りすぎてる』って」

菫「あいつ、そんなことまで……」

宥「いいお友だちですね」

菫「………」

菫「本当は……あいつもだったんだ」

宥「え?」

菫「詳しくは話せないが……あいつは家庭の事情が色々あって……。でも私に話そうとしてはくれなかったんだ」

宥「………」

菫「私たちは互いを親友と呼び合える仲だったのに、その間には一線引かれていた」

菫「親友なのに……私は信用されてないのかと……何度も思ったよ……」

21 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2013/01/30(水) 18:17:59.18 ID:Zb1uBPdw0

宥「……親友だからこそ言えなかったんじゃないでしょうか」

宥「弘世さんに余計な心配を掛けたくないって……」

菫「……そうかもな」

菫「でも……私としては言ってほしかった。勝手だけど」

宥「友達想いなんですね」

菫「……そうかな」

宥「そうですよ」

菫「ひとつ、頼みがあるんだが」

宥「何ですか?」

菫「……もう少し、このまま」

宥「……はい。どうぞ」

22 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2013/01/30(水) 18:18:37.83 ID:Zb1uBPdw0



菫「すぅ……すぅ……」

宥「弘世さん、弘世さん」トントン

菫「ん……」

宥「結構時間経ちましたけど……」

菫「……寝てたのか。すまない」

宥「いいんですよ、そんなこと」

菫「今……もう五時か!?」

宥「何時ごろにお帰りになられるんですか?」

菫「……正直言うと、もう帰らないといけない」

23 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2013/01/30(水) 18:19:14.20 ID:Zb1uBPdw0

宥「そうなんですか……残念です」

菫「ありがとう」

宥「………」
菫「………」

菫「……なあ。松実」

宥「なんですか?」

菫「君はさっき……『恋人同士じゃなくても大丈夫』って言った……抱きついたりすることを」

菫「………」

宥「………」

菫「女同士で……気持ち悪いと思う……。でも、でももし君がいいのなら」

菫「私の恋人になってくれないか……松実」

宥「……気持ち悪いなんて、思いませんよ」

宥「わかりました。こんな私でよければ」

菫「あ、ああ……!」

24 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2013/01/30(水) 18:20:36.69 ID:Zb1uBPdw0

――翌日、東京

照「どうだった」

菫「何が?」

照「……表出ろ」

菫「せ、成功だったよ」

照「告白したってこと?」

菫「……ああ」

照「そう。おめでとう」

菫「ひどくつっけんどんだな」

照「別に」

25 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2013/01/30(水) 18:21:29.95 ID:Zb1uBPdw0

菫「なんだよ……」

照「……何でもない。ちゃんと幸せにしてあげて」

菫「ああ。それは勿論……」

照「絶対だよ」

菫「……?」
その日から、私と松実の交際は始まった。
と言っても東京と奈良、そしてお互い受験生という身分なので、顔を合わせることは全く無かった。
もっぱら会話は電話で、状況連絡はメールで行った。付き合いたてだというのに、その内容は普段照とかわす会話と殆ど変わりなかった。だが特に危機感は感じなかった。
松実が「浮気」に身を染めるという事など考えられなかったからだ。そんなことができる性格だとは考えられない。
それにお互い受験生だ、そんなことに気を回している余裕などないだろう。
春になれば時間も空く。そうすれば松実に会いに行ける。そして、二人の幸せな日々が始まるはずだ。

26 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2013/01/30(水) 18:21:58.43 ID:Zb1uBPdw0

――十一月、都内の或るファミレスにて

照「………」カキカキ
菫「………」サラサラ

照「……はぁ」

菫「疲れたか?」

照「うん……」

菫「コーヒー持ってくるか」

照「いいよ。私が行ってくる」

菫「そうか」

照「菫はいる?」

菫「じゃあ頼む」

27 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2013/01/30(水) 18:22:32.50 ID:Zb1uBPdw0

照「ブラック?」

菫「ああ」

照「わかった」

菫(……松実からメール来てる)

照「松実さんから?」

菫「ああ」

照「はい、コーヒー」コトッ

菫「ありがとう」カチカチ

照「なんだって?」

菫「え?」

28 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2013/01/30(水) 18:23:20.86 ID:Zb1uBPdw0

照「メール」

菫「いや、他愛ないこと。勉強がどうとか」

照「恋人同士とは思えない」

菫「まあ……受験生だからしょうがないだろ」

照「大学はどうするの?同じところ?」

菫「……いや、それは考えてない」

菫「松実は地元の大学に行きたいって言ってたけど」

照「菫は奈良に行かないの……?」

菫「奈良はあんまり麻雀で強い大学がないからな……近場の大阪とか考えてるが」

照「そう」

29 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2013/01/30(水) 18:24:21.94 ID:Zb1uBPdw0

菫「そういえばお前はどうするんだ?」

照「東京」

菫「そうか」

照「……本当にそれでいいの」

菫「え?」

照「一緒にいなくて」

菫「別に……大丈夫だろう。あの松実だぞ」

照「あっそ」

菫「……何だその言い方。お前より私の方が松実のことをよくわかってるだろ」

照「じゃあ菫はどれだけ松実さんのことをわかってるの?」

菫「……それは」

30 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2013/01/30(水) 18:24:54.77 ID:Zb1uBPdw0

照「電話とメールだけなんていくらでも取り繕える」

菫「松実がそんなことするわけっ……!」

照「………」

菫「……続けろよ」

照「私は松実さんのことを全然知らない」

照「でも印象として――あの人は優しすぎる」

菫「………」

照「それでもって、菫はあの人に甘えすぎてる」

菫「甘えすぎてる……?」

照「つまり、あの人の優しさに依存してるだけ」

31 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2013/01/30(水) 18:25:33.72 ID:Zb1uBPdw0

照「……菫は本当に松実さんのことが好きなの?」

菫「………はあ?」

照「甘えさせてくれる相手なら……誰でもよかったんじゃ――」

ダンッ!!

照「………」

菫「……もう、やめろ」

照「……出よっか」

菫「………」
帰り道、家に帰ってからも私は照の言った事について考えていた。
『私が松実に甘えすぎている』――この指摘には心当たりがあった。
電話やメールなどでも、よく日頃の愚痴などを語っていたものだ。
それを受け入れてくれ、そして私を肯定してくれる松実。私はその快感に酔っていただけではないのか。
いや、そんな訳はない。私が彼女に告白したあの時、私の心にはそんな邪な感情があっただろうか。
なかった。――いや、なかったはずだ。

32 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2013/01/30(水) 18:26:38.12 ID:Zb1uBPdw0

だがもし、仮に、万が一、不慮に、そんな感情が交じっていたとしても、今の私の松実に対する心に嘘偽りはない。
照が言ったことなど出鱈目だ。私は松実が好きで、好きで、好きでしょうがない。
菫(……くそっ!)
携帯に手をかけ、電話帳から『松実宥』の名を探す。
Prrrrr…

宥『はい、もしもし』

菫「松実……」

宥『どうしたんですか?』

菫「………」

宥『………』

33 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2013/01/30(水) 18:27:33.90 ID:Zb1uBPdw0

しばらく沈黙が続く。
電話口を耳に、首をかしげている松実の姿が目に浮かんだ。

――いや。

もしかしたら、口元を緩め、手を押さえて笑い声を噛み締めているのかもしれない。
それとももっと正常な反応として、不機嫌な顔をしているのかもしれない。
ありえない、ありえない。だが、私にそれを確かめる術などない。
さらに沈黙が流れる中、ある一人の声が耳に入ってきた。
玄『おねーちゃーん?ご飯冷めちゃうよー?』

宥『あ……ごめん、電話中だから』

玄『あ、ごめんね』
他愛ない、姉妹の会話。
だが、妹の声が聞こえた瞬間、身体に電撃が流れ走った。
すぐ取り繕おうとする。姉妹だ。ただの家族間の日常会話ではないか。
だが懸念は止まらず、シャツの胸をぎゅっと引き絞った。そうしなければ、恐ろしい何かに私の身は侵食されてしまいそうだった。

34 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2013/01/30(水) 18:32:32.15 ID:Zb1uBPdw0

菫「……すまん、食事中だったか」

宥『ううん、大丈夫』
優しい。私が、こんなにも理不尽に時間を取り、家族の時間を邪魔しているにも関わらず、この反応だ。
今まではそれが彼女の美点として映ったことだろう。だが私には既に濁ったものにしか見えなかった。
菫「声が聞きたかっただけなんだ……」

宥『黙ってたら、聞けないじゃないですか』

菫「そう……だな」
朗らかな、笑いが混じった声が聞こえてひとまず安堵する。
そこから適当に話を纏め、私は通話を切った。

35 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2013/01/30(水) 18:33:44.57 ID:Zb1uBPdw0

菫「………」
ため息も出ず、力も入らなかった。
携帯が床に落ち、鈍い、耳障りな音がした。

その日、私は生まれて初めて自慰というものに手を染めた。
松実の声を頭に再生し、自分の性感帯を刺激し続けた。
だが絶頂を迎えても、足りなかった。
私はもっと彼女の事を感じたかった。
それが無ければ、止められるはずはなかった。私の中の黒く濁った感情は。

36 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2013/01/30(水) 18:34:50.16 ID:Zb1uBPdw0

その翌日、私は奈良へ向かった。
学校は休み、朝から新幹線に乗り込んだ。
松実に連絡も入れていなかった。心の準備などさせる訳にはいかなかった。

奈良に着いたのは午後三時を少し回ったところだった。
歩いて阿知賀まで、松実館まで、松実がいる場所まで進む。
後になって考えてみると、その時にはもう私は黒い感情に侵されていたのだと思う。
その時の私は一心不乱で、衝動だけで行動していた。

松実館に着くと、裏口に回った。
玄関のベルを鳴らす。奥からドタドタと足音がした。
玄関に出てきたのは宥だった。驚く松実の腕を握り、指を絡める。
小さく悲鳴を上げる彼女の唇を塞ぐ。そのまま床に押し倒し、足で扉を閉めた。
この時間帯、松実の家にいるのは宥だけだということは分かっていた。父親は旅館の仕事、妹は部活の真っ最中だ。

37 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2013/01/30(水) 18:36:10.72 ID:Zb1uBPdw0

そうして、私は犯罪に手を染めた。
抵抗する彼女を制し、乱暴に厚着の服を剥ぎ取る。
露出した、大きくも形が整った乳房。
その中央の乳首、それを囲む乳輪。
肉付きがよく、真っ白なお腹、脚。
彼女の全てが官能的で、そして芸術的だった。私の理性は破壊され、欲望のままに彼女の身体を舐り貪った。
その間、彼女は声を出さないようにしているようだった。唇を噛み、瞼を閉じていた。目尻には涙を溜めていた。
私が三度目の絶頂を迎えた後――私は松実をそのまま放置して、奈良を後にした。

帰りの新幹線の中、私の頭の中は虚ろだった。
夢のような感覚だった。まるで自分じゃない何かが、勝手に私の身体を動かしていたようだった。
その時に、ようやく気づく。私は黒く濁った感情を殺そうとしていたのではない。むしろ、鎮めようと――満足させようとしていたに他ならなかった。
私は本当に松実のことが好きだったのか。いや、好きであったに違いない。
だがもう、答えを聞くのはあまりにも恐ろしすぎた。
東京へ帰った後、私は電話帳から松実宥の名を削除した。

その四ヶ月後――三月。
志望大学の合格発表に私は来ていた。
真っ白なボードに羅列する数字。その中に私の番号はなかった。

38 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2013/01/30(水) 18:37:06.85 ID:Zb1uBPdw0

――四月、奈良

玄「ただいまー」

宥「おかえり、玄ちゃん」

玄「……菫さんから連絡とかあった?」

宥「ううん。いきなりどうしたの?」

玄「最近全然遊びに来ないなって思って」

宥「忙しいんだよ、きっと」

玄「……おねーちゃん」

宥「なに?」

玄「菫さんのこと――本当に好きなの?」

39 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2013/01/30(水) 18:38:16.12 ID:Zb1uBPdw0

――八月、都内の或るファミレスにて

照「久しぶり」

菫「ああ」

照「どう、調子は」

菫「まあまあだ」

照「そう」

菫「そっちはどうなんだ、大学生活は」
照は私と違い、無事に現役合格していた。
進学した先は当初の予定を覆して、長野の大学。
今は別れていた父親と妹と復縁し、家族四人で生活しているらしい。

40 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2013/01/30(水) 18:39:14.59 ID:Zb1uBPdw0

照「福路美穂子って人がすごく強かった」

菫「へえ……お前から見てか」

照「あんまり期待してなかったけど、楽しめそう」

菫「そうか」
毒がある言い方をしつつも、照は満足げな笑顔を見せていた。
日常の一場面で照のこんな清々しい表情を見たのは初めてだった。
照「松実さんとはどうなの」

菫「……まあ、色々あって」

照「そう」

菫「………」

照「松実さんの気持ち、私は少しわかるんだ」

菫「え?」

41 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2013/01/30(水) 18:40:07.92 ID:Zb1uBPdw0

照「私と松実さん、少し似てるから」

菫「……どこがだよ」

照「『姉』ってところが」

菫「それだけじゃねーか」

照「……菫」

菫「なんだ?」

照「私はね……菫の『お姉さん』になりたかったんだよ」

菫「……そんなの……っ!」
自然と、涙が溢れた。
菫「そんなの、私も同じだった……!」

照「……ごめん」

42 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2013/01/30(水) 18:40:58.52 ID:Zb1uBPdw0

季節は巡る。忌まわしい秋と、受験の冬。
今度は手応えある結果を得られ、三月、私は大阪の名門校に合格することができた。
合格発表の帰り道、私は新幹線で帰ることにした。途中でやらねばならないことがあったからだ。

そして私は今、松実館の目の前にいる。
この一年、私はずっと松実の声を聞きたかった。
例え軽蔑されていようが、憎まれていようが、私は自身の「想い」を告げなければならない。
それが、優しすぎる彼女に対しての唯一の贖罪になると思っていた。
宥「……弘世さん…?」

菫「松実……」
今まさに入ろうと思った矢先、背後から懐かしい声がした。
振り向くと、そこには松実宥の姿があった。一年間待ちわびた再会。

43 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2013/01/30(水) 18:41:48.33 ID:Zb1uBPdw0

菫「どこか、二人で話せる場所に」

宥「うん……」
二人で並んで歩いた。
その間言葉を交わすことはせず、全くの無言でアスファルトの上を進んだ。
宥「ここで……」
そこは、寂れた公園だった。
柔らかな土を踏み、ベンチへ腰かける。
菫「……大学、どうだった」

宥「合格」

菫「おめでとう」

宥「……ありがとう」

44 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2013/01/30(水) 18:43:01.05 ID:Zb1uBPdw0

菫「………」
宥「………」

宥「……私ね、昔から自分が嫌いだったの」

菫「………」

宥「いっつも玄ちゃんに助けられてて、それでいて何もお返しできなかった」

宥「要領も悪かったし、足も遅かったし。何もできない自分が嫌だった……」

宥「でも……去年、麻雀部に私が必要だと言ってくれて……救われた気がした」

宥「こんな私でも、誰かの役に立てるんだって」

菫「だからと言って、君が自分を犠牲にする理由にはならない」

宥「……うん。でもそれは、あなたから教えられたコト」

宥「私はそれに気づかずに、弘世さんを傷つけてしまった」

宥「……ごめんなさい」

45 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2013/01/30(水) 18:43:49.64 ID:Zb1uBPdw0

菫「謝るべきは私のほうだ。私は、君を自分のものにしたいなんていう欲だけで君を傷つけた」

菫「……すまなかった」

宥「ううん……。もういいの……」

菫「………」

宥「私ね、四月くらいに玄ちゃんに言われたの」

宥「『おねーちゃんは、本当に菫さんのことが好きなのか』って」

菫「………」

宥「私はあの日まで、弘世さんのことを妹か何かって思ってたかもしれない……」

宥「私はむしろ、嬉しかった」

宥「弘世さんはきっと、私を――」

46 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2013/01/30(水) 18:44:33.67 ID:Zb1uBPdw0

菫「そこから先は」

宥「……うん」

菫「私の方こそだ……あの日まで松実のことを母親か姉か――自分にとって都合のいいものにしか見てなかった」

菫「だから、もう一度言う」

菫「宥。私は君のことが好きだ」

宥「……私も」
そう言って、彼女はにっこりと微笑んだ。
斯くして、私たちの時は再び動き始める。

どんなに冬が長くとも、いつか必ず春めくように――
おわり

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